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杉村春子の食欲

杉村春子は怪演女優でもあり、快演女優でもあると、その演技力にいつも見惚れてしまいます。

緻密な計算とダメ出しで有名な小津安二郎監督演出作品でも、天衣無縫と言う言葉が彼女のためにあるかのように、素晴らしい演技を見せてくれます。
小津組の主要メンバーである笠智衆なんか、何度も何度も小津作品に出演しているのに、いつでも撮影前には手を震わせて緊張していたとお聞きしますから、杉村春子の勢いのあるお芝居を見ると、頼もしいなっていつも思うんです。

杉村春子がその場を牛耳る名シーンはたくさんあるんですけれど、私がスラスラと思い出されるのは、なにかと食べものに関連したシーンなんです。

一般的に食べるお芝居はむずかしいと聞きます。
食べることって無意識に色々な動作が組み合わさっているでしょう。
私が最初に杉村春子の「うまさ」を意識したのは、小津の「東京物語」で朝食のシーンで、夫に「あんた、およしよ豆ばっかり」みたいなことを言って煮豆の入った小鉢を脇に寄せるシーンです。

ここはとくべつ本編とは関係ない、前フリ的なシーンなんですけれど、このシーンを見ると、なぜかホッとするんです。
東京物語にはもっとたくさんの杉村春子の見せ場が用意されているんですけれど、私にとってはここなんです。

「紀子三部作」では「麦秋」でも唐突に結婚を決めた紀子(原節子)に姑となる杉村春子が「夢みたいだよ、あたしゃ、あんたみたいな人がお嫁さんに来てくれるなんて。あ、あんパンがあるんだけど食べてかない?あんパン」って狼狽するシーンがあります。
やっぱりここでも食べる話かーい?って思うわけです。

もっと好きなシーンは、成瀬巳喜男の「流れる」で年増芸者を演じているんですけれど、、芸者置屋の女中役を演じる田中絹代に買い物のついでにコロッケを買って来てくれるように頼み、コショウを切らしていると分かると、「この家にはコショウもないのかい?」とイヤミをとつ。
「二度揚げしてきてもらったんでございますのよ、その方がおいしゅうございましょうから」と田中絹代が取りなすと、「あんたっていいひとね、はい、これ1個あげる」と機嫌を直してコッペパンにコロッケを挟んで「これが一番安くておいしいのよ」とバクバク食べているんです。

このやり取りが芸者置屋の狭いお勝手でおこなわれるんですが、田中絹代との火花が散るような演技合戦です。

今度は杉村春子の食べものにまつわるシーンをぜひチェックしてみてください。
きっと改めて女優としてのうまさを発見できると思います。



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