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私の耳が動く話

実は私の耳は動かすことが出来るのだが、
一芸にしては地味だし何より実際に動かすと
不快感を与える可能性があるので、
文章にしてみようと思う。

初めてそれを自覚したのは、
小学校3年生の時であった。
当時の我が家には休日の夜に
全員でトランプをする習慣があり、
カードを集めるのは父、カードを切るのが母、
そしてカードを配るのは私の役目であった。
理由は子どもの方が
指に脂が乗ってるためであり、
スーパーに買い物に出かけた際に
ビニール袋を開ける役目も私であった。
ある日いつものように
カードを配っていたところ、
母親がとあることに気がついて
こう言ったのである。

「なんか耳動いてない?」

私はそれを聞いて「は??」と応えた。
無理もない、当時私は耳が動く人など
見たことも聞いたことも無く、
ましてやそれが自分自身のことであるなど
想像だにしなかったためである。
しかし、もう一度カードを
配り直すように言われ、
実践すると確かに自分の耳は動いているのだ。
そこからはもうトランプどころではなかった。
当初大富豪を行うために用意されたトランプは
その役目を失い、その代わりに
一家の息子の耳がどう言った際に動くかを
研究されるための指標としての役割を得た。
トランプとしては夢にも思ってなかっただろう。

研究の甲斐もあり、耳の周りに力を入れると
両耳が動くことが発見された。
その夜は息子の耳が動くのを肴に
両親が酒を飲んでお開きとなった。

翌日の学校では、私は大スターであった。
クラスメイトのみならず、
噂を聞き付けた隣のクラスの子たちにまで
耳を動かすようせがまれ、
私が耳を動かし歓声を浴びるカオスが
展開されていた。
小学校3年生にとって耳が動く現象が
好奇心を掻き立てられるというのは
想像に難くない
そのうえ、テレビが全盛期であった
当時の子らにとって
「直ぐに、何度でも堪能出来る娯楽」は
あまりに刺激的であり、
魅力的であったのであろう。
その様子を見た担任は悔しそうに
「俺も左耳なら動く」などと言っていたが、
興味を持つ生徒は少なかった。

10年近く耳が動く今思うと、
生徒に見せればウケることは
容易に想像が着くが、
大勢に見せるには動きが小さく、
加えて担任という性質上おちゃらけるには
クラスの風紀の状態を見計らう必要があり、
機会がなかったのだと思う。




しかし、爆発的に生まれたブームも
いずれ去る時が来る。
私も様々なバリエーションをつけてきたが
多少の延命措置にしかならず、
新鮮さも面白みも薄れ、
当初少数派であった「耳が動くとか気持ち悪い」
といった勢力も規模を拡大しつつあった。

そんな折に毎朝クラスメイトが持ち回りで行う
「1分間スピーチ」の番が回ってきたのだ。
「1分間スピーチ」とは、クラスメイトの前で
1分間スピーチをするコーナーで、
お題は自由であったと思う。
自分の持ち回りが次の日に迫ったある日、
私は湯船に浸かりながら物思いに耽っていた。
「耳を動かすことで得たブームが
終わりつつあること」、
そして
「次の日の朝に1分間スピーチがあること」...


創り上げたブームの終焉を予感し耽っていると、
担任の言葉を思い出した、
そう、「俺も左耳なら動く」という言葉だ。
「両耳動かせるなら
片耳だけでも動かせるのでは?」
という疑問が浮かび、すぐさま実践した。




「できた!!!」

アルキメデスの「エウレカ!!」
並に興奮した私は勝利を確信した。
「明日の1分間スピーチでこれを披露すれば
確実にまた天下が取れる」と


翌日の1分間スピーチは
かつてないほど緊張した。
技を見せるだけで天下を取れた前回とは違い、
意図的にムーブメントを産む必要のある今回は
自らの一挙手一投足に全てがかかっているのだ。


「私は昨晩、
自分の耳について新たな発見をしました」

ゆっくりと言葉を選ぶ


「それは、
耳を片耳ずつ自在に動かせることです」

ここで「両耳を」ピクピクと動かす


「これにより、両耳だけの時と比べて
様々な動きができます」

「両耳を」リズミカルに動かす


あくまでもゆっくりと、
クラスメイトの反応を見ながら言葉を選び
「両耳を」動かしていく
そしてかつてないほど集中した1分間は
終わりを迎えた



「質問はありますか」






その瞬間、クラス中に
ガタガタと机と椅子の揺れる音が響いた
皆が我先にと手を挙げたからだ
私は一人の男の子と目が合った

その少年はブームの際に
「俺も耳を動かしたい!!」
と、弟子入りした経歴を持ち、
訓練のかいもあって
左耳をほんの少しだけ動かせるようになった
言わば一番弟子である。

その子を指名すると
彼は声を震えさせながらこう言った



「動かしてもらえますか?」

私は何も言わずに
耳を「片耳ずつ」リズミカルに動かした
ピクピク、ピクピク、......


暫くの静寂の後、クラス中が沸いた
成功だ、ムーブメントはまだ終わらない



結局ムーブメントは
その後一月も持たなかったと思う。
小学校3年生の好奇心など、
熱しやすく冷めやすいのだ。

大学一年生の現在、この文章を書くために
様々な場面で試してみたが、
その場の空気が
ほんの少しだけ変わるのが関の山だ。


儚く短いムーブメントであった。

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