冬虫夏草

「つまんなくなったね」

突然発せられた言葉の真意を汲み取れず、暫く呆気に取られて返事が出来なかった。

「なんていうか、うん、つまんなくなったよ、君」

内容的には先程とさして違いのないセリフをまた吐かれる。あまりに急なうえ、何の話をしているんだかわからない。つまらない?僕が?

「えっと…、何か、気に障るようなことしたかな。申し訳ないけど思い当たらないんだ、何かあったなら教えて欲しい」

そう聞くと相手は少し考えて、

「ううん、何にも。何にも悪くないよ。君は何もしてない。強いて言うならそれが悪い」

ますますわからない、刺激がないということだろうか、確かに私は地味な方で、活発でもなければ危ない考えなんかも持ってない。つまらないといえばそうかもしれないが、「つまんなくなった」ということは少なくとも以前はそうでは無かったということだろう。

僕自身はそこまで自分が変わったという自覚はないので、相手の言う「つまらなさ」がどこに対してなのかわかりかねるが。

「難しいな…。それで、えっと、僕はどうしたらいいんだろう」

そう聞くと相手はまた少し考えて、

「どうする必要もないでしょ、別に」

とだけ言った。

つまんなくなったとは言ったものの、面白くなれという訳では無いということだろうか。先程からずっと相手の気持ちがわからない。どうして今そんなことを言い出したのだろう。

「確かに、僕は面白くないかもね」

怒りというか、悔しさというか、悲しさというか、形容しがたい感情を込めて言った。言ったはいいけどそれを聞いた相手の表情を知りたくなくて、相手に一瞥もくれずに部屋を出ようとした。

「ねぇ」

相手が声をかけてくる。無視をするのはな、と思って立ち止まる。

「何?まだ何か、あるの?」

別に聞きたくはないけれど、そう続けそうだった。

「いつまで、そうしてるつもり?」

いつまで、もちろん、いつまでもに決まっている。いつか終わるなんてことは無い。

「ずっとだよ、これからずっと、つまらなくても、ずっとだよ」

血溜まりで僕は座り込んでいる。

「やっぱり、つまんなくなったね、君」

血溜まりから僕は動けないでいる。

「つまんなくさせたのは君だよ」

未だに臭いが取れていない気がする。何百回洗っても手から血の臭いが取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない取れない。

もう腕ごと落としてしまおうか、鼻をもいでしまおうか、いっそ呼吸をやめれば?

「臭いなんて、とうの昔に取れてるよ。私そんなに臭くないもん」

右半分が弾け飛んだ頭。狂ったように痙攣する身体。止まらない血。

「どうだっていいよ、もう。君にとっての今の僕のように、僕にとってこの人生はもう、つまらないものだから」

相手はとても悲しそうな顔をしたと思う、もう顔も思い出せないから、思う、としか言えない。

「ただ、幸せになって欲しいだけないんだけどな」

なれないよ、なれる訳ないだろ。叫びたい気持ちを抑えて部屋を後にする。

「妄想のくせに」

それだけ吐いて、僕はまたつまらない人間をする。

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