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第二十回:洋楽、という楽しい世界

片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた


ひところしばしば客になった中古レコード店のシングル盤の置いてあったところをいま僕は思い出している。あの店ではシングル盤は店に入ってすぐ右側の壁に寄せてあった。スティールの棚が壁にそってあり、その棚のなかに、目の高さで、あいうえお順に二段ずつ、シングル盤が大量にあった。横幅がシングル盤とおなじ段ボールの箱をいくつも使い、「あ」の仕切りのなかには、名前の頭文字が「あ」である歌手がたくさんあった。青江三奈のシングル盤を何枚も買った。「み」のところでは都はるみをすべて買ったのではないか。宮史郎のシングル盤も、題名は忘れたが、買ったような気がする。探せばそのままあるだろう。

歌謡曲のシングル盤の隣に「洋楽」と手書きした箱がいくつもあり、ここにありとあらゆる「洋楽」のシングル盤があった。ここの箱を次々に見ていくのは楽しい作業だった。「洋楽」の「洋」は西洋の洋、つまり外国という意味であり、外国から日本に輸入された音楽のシングル盤が、無差別に詰め込んであった。それを一枚ずつ見ていく。こんなものが、という発見は常にあった。見たことも聞いたこともないシングル盤が、それぞれに僕を誘惑した。この店のシングル盤をすべて見ると二時間近くかかった。

箱のなかの「洋楽」のシングル盤を見ていくのはじつに楽しかった。内容はごた混ぜだ。時期も一九五〇年代後半から、二十数年間分はあった。なぜ楽しかったか、いまにして思うと、ごた混ぜだからだ。補充がなされるときには、店員がひとつかみふたつかみした「洋楽」のシングル盤を、空きのあるところに適当に押し込んでいた。

結果としてまったく未整理だったからこそ、曲の良さ、面白さをランダムに発見することができたのではなかったか。同様の面白さは日本の歌謡曲のシングル盤にも充分にがあるのだが、こちらは「洋楽」とは違って、あらかじめ箱のなかが整理されていた。性別による整理はもっとも大きなものだろう。若くて人気のあの男性歌手が次に歌うのはこれ。若い新人の女性歌手はこの歌から。といった整理の感覚が働いていたのを、僕は感じた。


ジャケットに女性がいるものばかり集めたつもりの今回のシングル盤だが、ハワイ・コールズの一枚のみ内容には関係ない女性の写真が使ってある。ハワイ・コールズは、ラジオの実況中継をかつて聞いたことがあり、その中継ではハウナニ・カハレワイが歌っていた。モアナ・ホテルのあのバニヤンの樹の下にステージが作られていたのを、いま僕は思い出している。


片岡義男
かたおか・よしお。作家、写真家。
1960年代より活躍。『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。
近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。
https://kataokayoshio.com



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