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第二回:映画『ラストナイト・イン・ソーホー』

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text & Photo:Mayumi Horiguchi


エドガー・ライトは音楽の趣味が抜群なんで好きな監督のひとりなのだが、この映画については正直、甘くみていた。『ベイビー・ドライバー』とか、選曲はサイコーだけど中身は薄いとか思っちゃったりしてたんです・・・・・・ごめんなさい。でも、この映画は違った!! すごく良い。現代と60年代のロンドン、異なる時代に生きる2人の女性を取り巻く夢幻と恐怖が奇妙にシンクロしつつ展開する、ホラー仕立ての物語。めちゃくちゃ素晴らしい出来で、大好き!
 
楽曲の選び方は相変わらず素晴らしいし、加えて、どの過去を選ぶかというチョイスぶりも冴えてる! 選ばれたのは、もし私がタイムスリップできるなら絶対行きたいと思ってる60年代のロンドン。でも本作が一味違う点は、スウィンギン・ロンドン(Swinging London)の時代に、全然スウィンギンじゃないノリで攻めてくるところ。そこにもヤラレた! 
 
何がどう違うって?! 説明する前に、スウィンギン・ロンドンの象徴的なアイコンを、ざっと思い浮かべてみよう――ビートルズに代表される「マージービート(別名リバプール・サウンド)」、デザイナーのマリー・クワントが世に生み出したミニスカートとそのミニスカートを小粋に着こなしたモデルのツイッギー、ヴィダル・サスーンによる「サスーンカット」、当時のファッションと音楽の中心地だったカーナビー・ストリート等々がすぐに思いつく。でも、この映画の焦点は、そういったものでは、全然ない。

2021年11月17日から12月19日の期間、渋谷PARCO館内にて、本作の撮影時に実際に使用されたコスチュームが展示されていたものを筆者が撮影。

代わりに登場するのは、最先端の若者ファッションではない単に60’sなドレス、楽しげな中にもどこか暗い影を感じさせるポップ・ソングの数々、そして「歓楽街」としてのソーホーと、そこにドス黒く渦巻く、女と男の欲望から生み出される闇だ。

本作のタイトルは、英のバンド、「デイヴ・ディー、ドーズィー、ビーキィ、ミック&ティッチ(以下、日本で略されていた名称のデイヴ・ディー・グループと記す)の1968年発表のシングル曲「ソーホーの夜」の原題である「Last Night in Soho」から取られている。ライトが応えているインタビューによると、この楽曲の使用および、これを本作のタイトルにすることになったきっかけは、クエンティン・タランティーノ監督との何気ない会話からだったという。タランティーノ監督作である『デス・プルーフ in グラインドハウス』では、デイヴ・ディー・グループの曲「Hold Tight!」が使われており、バンドと曲についてタランティーノと話していた際に、タランティーノが「『Last Night in Soho』を聴いたことはあるか?」と言いつつ同曲を流し、「いまだ作られていない映画の題名として最高のタイトルだ」と言ったのだという。まさにその通りとしか言いようがないほどグレイトだ。

ちなみに、ソーホーはロンドン中心部にある繁華街であり、カーナビー・ストリートもソーホー地区にあるにはあるのだが、本作に登場するのは、性的な店などもたくさん並ぶ歓楽街エリアだ。むりやり東京に当てはめてみると「新宿コマ劇場もまだある歌舞伎町」といった感じの場所。いまだと「トー横キッズ」がたむろしているあたりの歌舞伎町の雰囲気を思い浮かべていただき、それがさらに薄暗くなった感じだと考えてもらうと、割とイメージ的に近いかも。物語は、そんな場所を中心に、ファッション・デザイナーを夢見て田舎からロンドンに出てきた少女、エロイーズ(トーマシン・マッケンジー)を軸に動いていく。

2021年11月17日から12月19日の期間、渋谷PARCO館内にて、本作の撮影時に実際に使用されたコスチュームが展示されていたものを筆者が撮影。

エロイーズが「60’sロンドン」に憧れていることは、田舎の自室で彼女が聴いているレコードの音、部屋のインテリア&レコジャケをちら見するだけで即座に理解できるが、その時点で「古臭い」60’sロンドンが好みだとわかる。そして、そんな趣味ゆえに、ファッション系の大学に受かり上京してきてすぐに、周りの人たちから雑魚扱いされちゃうのだ。ちなみにエロイーズを、ある意味あからさまではなく地味に、しかし嫌味たっぷりにいびる今どきの女子達は、2019年からNetflixで配信されている英のドラマで、高視聴率&高評価を得ている『セックス・エデュケーション(Sex Education)』に出てくるスクール・ヒエラルキー上位の娘とかに似ているし、学校の寮にいる若者たちは、グライム(Grime)のMVに登場する層とも似ている。つまり本作における現代は「まさに今のロンドン」を反映しているのだが、そんな現代では浮いた存在のエロイーズが、とある出来事をきっかけに、歌手を夢見る60年代のソーホーにいる女性・サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と時空を超えてリンクして、めくるめく夢見心地な時間や、奇天烈な悪夢を共有するようになっていく。そんな華麗かつ毒々しい諸場面を描くためにライトが取り入れたのは、いわゆる「ジャーロ」、つまりイタリアホラー映画界の鬼才ダリオ・アルジェント監督などが手がけ、1960~70年代にイタリアで流行ったホラー色の強いサスペンス映画に代表される「タッチ」だ。公式ポスターの仕上がり具合も、そんな雰囲気がばっちり出てるしね。

2021年11月17日から12月19日の期間、渋谷PARCO館内にて展示されていたものを筆者が撮影。

加えて、60年代のロンドンと現代が交錯する場面の撮影もすご~くナイスなのだが、本作で撮影を担当しているのは、『オールド・ボーイ』や『親切なクムジャさん』などの撮影を担当した韓国出身のチョン・ジョンフン。こんなところにも韓国映画の勢いは息づいていたのね、と感嘆することしきり。
 
ネタばれになるから言えないストーリーの結末については、「こうきましたか!」と驚きつつ、#MeToo運動や現代フェミニズムとも繋がっていて、前進的ですらあると感じたのだが、それもそのはず、本作の共同脚本家のクリスティ・ウィルソン=ケアンズは女性。ちなみにウィルソン=ケアンズは『1917 命をかけた伝令』で共同脚本を務め、監督のサム・メンデスとともに第92回アカデミー賞脚本賞にノミネートされた脚本家だが、昔、ソーホーにあるストリップクラブの上に住んでいて、今回映画にも登場するバーで5年くらいバーテンダーをやっていたそうだ。そんなところも、脚本に生かされているんだと実感すること間違いなしのリアルさもグッド!

そんなわけで、とにかく本作では、女性陣が素晴らしい活躍を見せつけてくれる。ここらで俳優に目を向けてみよう。W主演を務めるのは『ジョジョ・ラビット』のトーマシン・マッケンジーと、大ヒット海外ドラマ『クイーンズ・ギャンビット』のアニャ・テイラー=ジョイ。この2人が輝いているのは当然なのだが、エロイーズが住むアパートの大家、ミス・コリンズ役のダイアナ・リグの曲者ぶりも無視できない。ちなみにリグは『女王陛下の007』に出演していた元ボンド・ガールで、1960年代の人気テレビドラマ『おしゃれ(秘)探偵』や、近年では『ゲーム・オブ・スローンズ』への出演などで知られる。残念なことに、本作が彼女の遺作となってしまったが、その輝きは永遠にスクリーン上から消えることはないだろう。なお『007』からの引用は、ボンド・ガール役のリグ以外にもあるので、それが何かは、映画を見てチェックしてね!
 
という風に、基本、ベタ褒めしまくることしかできない本作なのだが、あえて悪い点を挙げると、男優、特にエロイーズのボーイフレンド役とか、影が薄すぎる。ここらへんをもっとしっかりやってくれたら、さらに名作になったかもしれないのに・・・・・・まぁ、仕方ないか。ちなみに、海外ドラマシリーズ『ドクター・フー』で知られるマット・スミスが演ったサンディのヒモ男と、『コレクター』のテレンス・スタンプ演じる謎の老人はイケてました。
 
最後に、映画にフィーチャーされた曲のフルリストは以下の通り。60年代のポップソング群に紛れて、スージー・アンド・ザ・バンシーズが「私たちはみんな狂ってる~」と謳う80年代発表の楽曲「ハッピー・ハウス」が紛れ込んでいる他、アニャ・テイラー=ジョイが歌う、ペトゥラ・クラークの1964年発表のシングル「恋のダウンタウン」(Downtown)のカヴァー(ヴァージョン違い数曲)と、シラ・ブラックの代表曲である「ユア・マイ・ワールド」のカヴァーが入ってます。

◉Last Night in Soho soundtrack

・Downtown – Downtempo – performed by Anya Taylor-Joy

・A World Without Love – performed by Peter & Gordon

・Wishin’ and Hopin’ – performed by Dusty Springfield

・Don’t Throw Your Love Away – performed by The Searchers

・Beat Girl (1993 Remaster) – performed by The John Barry Orchestra

・Starstruck – performed by The Kinks

・You’re My World – performed by Cilla Black

・Wade in the Water (Live at Klooks Kleek) – performed by The Graham Bond Organisation

・I’ve Got My Mind Set on You – performed by James Ray

・(Love Is Like a) Heat Wave – performed by The Who

・Puppet on a String – performed by Sandie Shaw

・Land of 1000 Dances – performed by The Walker Brothers

・There’s a Ghost in My House – performed by R. Dean Taylor

・Happy House – performed by Siouxsie & the Banshees

・(There’s) Always Something There to Remind Me – performed by Sandie Shaw

・Eloise – performed by Barry Ryan

・Anyone Who Had a Heart – performed by Cilla Black

・Last Night in Soho – performed by Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tich

・Neon (Soundtrack Edit) – performed by Steven Price

・Downtown – Uptempo – performed by Anya Taylor-Joy

・Downtown – A Capella – performed by Anya Taylor-Joy

・You’re My World – performed by Anya Taylor-Joy

●映画公式サイト:https://lnis.jp


堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。
Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。
雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.

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