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第一回:映画『ワン・プラス・ワン』

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text:Mayumi Horiguchi

ゴダールとストーンズ、偶然の賜物だった夢の共演の出来栄え


(C)CUPID Productions Ltd.1970

もう何度も観ているが、『ワン・プラス・ワン』は、実に奇妙な映画である。そしてそこが、好きだ。

ゴダールファンなら誰でも知っていることだが、ヌーヴェルヴァーグを代表する監督のひとりである彼には、そのキャリアにおいて政治的な活動を行なっていた時期がある。「ジガ・ヴェルトフ集団」を結成したりしていた1960年代後半から1970年代初頭が、ゴダールの、いわゆる「政治の時代」にあたる。

「ジガ・ヴェルトフ集団(英語表記:The Dziga Vertov Group、仏語:Groupe Dziga Vertov)とは何だったのか? この集団は、ジャン=リュック・ゴダールやジャン=ピエール・ゴランといった、政治的活動に熱心だった映画製作者集団により1968年に結成された。ブレヒト的な形式やマルクス主義のイデオロギー、個人の著作権にこだわらない「匿名性」を重要視して、共同体による映画製作を行った点が特徴と言えるのだが、1972年に解散している。ちなみにゴダールは、67年には商業映画との決別宣言文を発表していたし、68年5月には、第五共和制下フランスにおいて学生を中心に発生した反体制運動である「五月革命」に動きを合わせるかのように、第21回カンヌ映画祭を粉砕、各賞の選出を中止させている。そんな時期のゴダールが製作したのが、この『ワン・プラス・ワン』なのだから、内容が政治的なのは当たり前といえば、当たり前だろう。


(C)CUPID Productions Ltd.1970

そんなふうに、革命の香りすら漂う今作は、実験的なドキュメンタリーだ。この映画には、まず、ザ・ローリング・ストーンズがスタジオで、アルバム『べガーズ・バンケット』収録の楽曲「悪魔を憐れむ歌」(原題:Sympathy For The Devil)のレコーディングをおこなっている様子を撮影したシーンが登場する。このストーンズの映像部分は、ドキュメンタリーとしてはわりと「普通」な感じ。それとは対照的に、政治的なフィクション映像の数々が、突然、ストーンズの場面と交差し登場する。

『三文オペラ』などで知られるドイツの劇作家、演出家、詩人であるブレヒトは、マルクス主義に影響を受けており、役への感情移入を基礎とする従来の演劇を否定。舞台を見た人々が現実を変えたくなるように仕向けるべく、「異化効果」をはじめとする演劇理論を生み出した。いわゆる「異化効果」とは、見慣れたものを見慣れないものにし、奇異の念を抱かせることによって、感動すること以上に、思考することを観客に促すというものだが、この映画のゴダールは、このフィクション部分を、その効果を狙って製作しているとしか思えない。

(C)CUPID Productions Ltd.1970

フィクション部分には、闘争の準備をする黒人革命闘士、テレビのインタビューを受ける女性革命家、ヒトラーの著作『わが闘争』を朗読し続けるファシストのポルノ本店主などが登場し、「異化効果」を遺憾なく発揮しまくり、観るものを違和感の地獄へと陥れていく。そして「悪魔を憐れむ歌」をレコーディングしているストーンズは、それらフィクション部分とすんなり融合していることに、観るものはふと、気づく。元々ゴダールは、ビートルズを撮影するつもりだったが計画が頓挫し、ストーンズを撮ることになったそうだが、これがビートルズだったら、映画の仕上がり感は全く違ったものになっていただろう。運命の神がそうしたかったからなのかもしれないが、最終的にはストーンズが採択されたことにより、この映画は「革新的なドキュメンタリー映画」となった。ビートルズがコインの表なら、ストーンズは裏。私の好きな英国人モデルで、ロック感バリバリなケイト・モスは、その両者のうちどちらかを選ぶなら? という質問に対し、あっさりストーンズを選んでいたが、まぁ、そういうことである。「悪魔を憐れむ歌」に関連する事件として、神を冒涜する歌詞が問題視され、宗教団体から抗議を受けてレコードが大量に燃やされたりもしているが、その曲のレコーディング風景が映像に収められているという点も、悪魔的なほど、実験的なフィクション・シーンの数々とリンクし、この映画の唯一無二な雰囲気を高次元へと押し上げている。

(C)CUPID Productions Ltd.1970

そして怖いのが、この映画におけるブライアン・ジョーンズの存在感が、かなり薄いことだ。ゴダールが意図的にそうしたわけでもなんでもないはずなのに、ブライアンはすでにバンドから浮いているように見える。ストーンズ・ファンならご存知のように、『ベガーズ・バンケット』が発売された後、ブライアンはバンドとの亀裂を深めた挙句、ついにはバンドを脱退。そして脱退から1ヶ月足らず後の1969年7月3日、自宅のプールで溺死体で発見されることとなった。偶然の賜物、たまたまなのかもしれないが、『ワン・プラス・ワン』という映画は、悪魔にとり憑かれてしまった挙句に、どんどん弱っていく過程にあるブライアンの姿を描いてもいると言えよう。

(C)CUPID Productions Ltd.1970

最近、ポール・マッカートニーが新たなインタビューにて、ストーンズを「ブルース・カヴァー・バンド」と評し小馬鹿にしていると話題になったように、ストーンズの音楽はブルースの影響を色濃く受けているが、ブルースといえば、ロバート・ジョンソンの「クロスロード伝説」や「悪魔との契約説」を思い出さずにはいられない。そしてストーンズ……というかブライアンもまた、「悪魔との契約」を交わした挙句、あの死が訪れたのかも……などという妄想を抱いてしまうぐらいだ。そんなストーンズなので、個人的には、ビートルズよりも『ワン・プラス・ワン』に起用されるのにピッタリのバンドだったと思う。

今回の日本での上映は、2021年8月24日に逝去したチャーリー・ワッツ追悼上映となるが、60年代後半のストーンズの面々が着こなす衣装はカラフルで素敵だし、特にこの時期のワッツは個人的に萌える! そういうミーハーな観点からも楽しめるのはもちろん、上記したように「異化効果」をふんだんに発揮しまくった、奇怪かつ革命教育的なフィクション部分にも要注目したい。60年代後半は、学生が主導する反体制的な政治運動が世界各国で同時多発的に起こった「政治の季節」と呼ばれる時代だが、こうした学生運動は、様々なカウンターカルチャーやポップ・カルチャーと結びつき、その結果、素晴らしい音楽、映画、ファッションなどがこの世に誕生した。この映画『ワン・プラス・ワン』もまた、そのひとつとして、映画史に残る作品となった。ストーンズに注目するだけじゃ、勿体無いのだ!!

(C)CUPID Productions Ltd.1970

『ワン・プラス・ワン』はジャン=リュック・ゴダール監督による映画。米では『Sympathy for the Devil(『悪魔を憐れむ歌』)』のタイトルで公開。1968年製作・日本劇場初公開は1978年11月1日。ザ・ローリング・ストーンズの貴重なレコーディング風景を記録した伝説の音楽ドキュメンタリーとしても有名。2021年12月3日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次公開。
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール
出演:ザ・ローリング・ストーンズ(ミック・ジャガー、キース・リチャード、ブライアン・ジョーンズ、チャーリー・ワッツ、ビル・ワイマン)、アンヌ・ヴィアゼムスキー
配給:ロングライド
1968年/イギリス/英語/カラー/101分/原題:One Plus One/字幕翻訳:寺尾次郎
(C)CUPID Productions Ltd.1970
公式サイト:https://longride.jp/oneplusone/


堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。
Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。
雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.


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