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第十七回:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text & Photo:Mayumi Horiguchi

VIVA! カンフー


筆者が映画館にて撮影した『エブエブ』の画像。

第95回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞など各種主要部門を含む最多の7冠を受賞した『エブエブ』こと映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。勝手に音楽を例に出すと、サンプリングをしまくった挙句、独自の魅力が花開いた名作といった出来栄えとなっているが、キモは「カンフー(あるいはクンフー/※ここではカンフーと明記)」&「マルチバース」だ。

そして、ふと思った。「カンフー、いつの間にこんなに "一般人の間でも" 強くなっていたんだろうか?!」と。もちろんカンフー映画は全世界的にファンが存在するジャンルではあるが、もはや単なるジャンル映画の枠を超え、流行っているのを通り越して、普通に取り入れられ、受け入れられている。そこで今回は、その観点から諸々、論じてみたい。

全世界的に「カンフー」が流行り始めたきっかけといえば、やはりブルース・リーをおいて他にないだろう。1970年代、日本を含む世界中で、リーおよび香港映画ファンが増えた。ブラックスプロイテーション(Blaxploitation)にも、多大な影響を与えた。ちなみにリー映画は、もちろん『エブエブ』にも反映されている。キー・ホイ・クァンがウエストポーチをヌンチャクがわりに使って闘うシーンは超印象深いが、あれは当然、リーへのオマージュだ。

見れないのに、ブルース・リーを敬愛するあまり我が家にあり続けるLDセット『李小龍 大全集』。

そもそも、なぜ「香港映画」はここまで発展したのか? ブルース・リーとジャッキー・チェンのファンなので昔からチェックしていたことなのだが、ポイントは「中国映画の中心地だった上海から多くの映画人が香港へ移住した」ことにある。

ジャッキー・チェン初の監督作品である『クレージーモンキー 笑拳』(原題:笑拳怪招、英語題:The Fearless Hyena)は1979年に香港で公開され、日本では1980年に公開された。

モノの本などによれば、香港での映画製作が本格的に発展したのは、トーキーが到来し広東語映画が出現した1930年代以降だという。そして1930~40年代にかけて起こった2つの戦争が、のちに香港映画界を盛り上げることとなる。まずは日中戦争。もうひとつは、中国革命の段階で中国国民党の軍隊と中国共産党の軍隊(紅軍)の間で繰り広げられた戦いである「国共内戦」だ。その結果、前述したように数多くの映画関係者が上海から香港へ移住し、北京語映画も多数制作されるようになり、香港は<中国語による映画製作の大拠点>として大成長を遂げる。1950年代後半になると、シンガポールを本拠地とする企業のキャセイ・オーガニゼーション(国泰機構/Cathay Organisation)とショウ・ブラザーズ(邵氏兄弟有限公司)がいろいろと暴れまくり、東南アジア市場向けの北京語映画を多数製作し大成功。その結果、1970年代以降には広東語映画も再び活性化し、たくさんの映画が作られるようになった。そして我々日本人までもが、ブルース・リー映画をはじめとする香港娯楽映画の数々を楽しめるほど、ビッグな成功を収めるようになったわけだ。

ブルース・リーとの共演経験もあるサモ・ハン・キンポーが、愛を込めてリー作品をパロディ化した1978年の作品『燃えよデブゴン』(原題:肥龍過江、英語題:Enter the Fat Dragon)。日本公開は1981年。

アメリカにももちろん、その余波は及んだ。リーの1972年の映画『ドラゴンへの道』(原題:猛龍過江、英語題:The Way of the Dragon)に「敵役」として出演したチャック・ノリスはその後、アクション・スターとして大躍進した。また、米国製カンフー・アクションドラマとして名高い『燃えよ! カンフー』(原題: Kung Fu)も製作された。デヴィッド・キャラダインの主演で、少林寺でカンフーをマスターした男がアメリカ西部を渡り歩くという内容なのだが、1972年から75年までの3年間に渡り、米ABC系のTV放送局で放映され人気を博した。ちなみにタランティーノ監督が『キル・ビル』でビル役にキャラダインを抜擢したのは、当然、この『燃えよ! カンフー』があればこそだ。だが70年代や80年代においては、カンフー映画の置かれた立場は、まだ「ジャンル映画」に過ぎなかったと言えよう。

香港スターのホイ3兄弟(※実際には5兄妹)の有名シリーズ映画「Mr.BOO!」の第四弾として1981年に香港で公開された『新Mr.Boo!アヒルの警備保障』(原題:摩登保鑣、英語題:Security Unlimited)。日本では1982年に『新Mr.BOO!』シリーズの第1弾として公開された。

では、一般的なアメリカ人の間で、カンフーが流行るきっかけになった映画とは何か? まず、1999年の『マトリックス』は外せない。ジャッキー・チェンの『スネーキーモンキー 蛇拳』で映画監督デビューし、続く姉妹編『ドランクモンキー 酔拳』(ともに1978年製作)も手がけている香港の映画人ユエン・ウーピンがアクションを担当し、「ワイヤー・フー」(wire-fu)ことワイヤーアクションが大流行するきっかけを作った。続いて、同名テレビシリーズを映画化し、キャメロン・ディアス、ドリュー・バリモア、ルーシー・リューが「エンジェル」を演じた2000年公開の『チャーリーズ・エンジェル』(英語題: Charlie's Angels)が、ワイヤーアクション・ブームに拍車をかけた。そしてとどめとなったのは、同じく2000年公開の『グリーン・デスティニー』(英語題: Crouching Tiger, Hidden Dragon)だ。米では『チャリエン』は11月に、『グリーン~』は12月に一般公開された。

武侠小説を映画化した『グリーン~』では、アカデミー監督賞とヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を二回受賞した台湾の映画監督アン・リーが監督を、『マトリックス』のユエン・ウーピンがアクション監督を務めている。さらに主演女優は、『エブエブ』でアジア人初となる「アカデミー賞主演女優賞」を獲ったミッシェル・ヨーだ。この映画、なぜかアメリカ人に受けまくった。第73回アカデミー賞で4部門を受賞までした。何人ものアメリカ人の友達が好きだというので、その理由を聞いてみたところ「理由はわからないけど泣けるし、面白い」と異口同音に語った。

実際に経験&体感したんでよく分かるのだが、アメリカ人&アメリカ的思考の恐ろしいところは、一度そうやって広まって知ってしまい、それが「いい」と認識してしまうと、すぐに「自分のもの」として血肉化してしまう点だ。『マトリックス』のように大ヒットしたメジャー作品を通じて、カンフーはある時点から、現在&未来の映画人のDNAに組み込まれ、教養の一部になってしまったのだろう。

『ソウル・オブ・ブラック・ムービー―’70sブラックスプロイテーション、オリジナル・サウンドトラック&ポスター・アートワーク』 (白夜ムック Vol. 83) は2001年発行。イカすポスター満載な70年代ブラック・ムービーのオールガイド。

加えて、たとえばヒップホップ・グループ、ウータン・クラン(Wu-Tang Clan)のように、子供時代にカンフー映画を愛するようになった連中もいるから、層はさらに厚くなる。知らない人のために簡単に説明しておくと、バンド名に使われている「ウータン」とは1983年の香港カンフー映画『Shaolin and Wu Tang』(原題:少林與武當)から取られている。事実上のリーダーとされるRZA(レザ)のカンフー好きは有名で、ウータンの楽曲に、映画に登場する声や効果音をサンプリングしているのは当然として、自身でカンフー映画も作っているほどだ。2012年製作の『アイアン・フィスト』(原題:The Man with the Iron Fists)がそれで、イーライ・ロスが共同脚本を担当し、クエンティン・タランティーノによる全面サポートのもと、RZAが監督・主演・脚本・音楽を担当。19世紀の中国を舞台に、両腕を切り落とされた鍛冶屋=RZAが、鉄の拳を装着したアイアン・フィストとなって悪役=ラッセル・クロウとカンフーで対決するという、香港映画的な内容となっている。

そんな感じで、筆者やRZAを虜にした香港初のカンフー映画だったが、2001年のチャウ・シンチー(周星馳)監督作品『少林サッカー』ぐらいから、なんとなく「本土色」が漂い始めるようになったと思う。1997年7月1日付で香港は中国へ返還され、中国の「特別行政区(Special Administrative Region)」になったのだから、香港映画が本土の影響を受けるようになることは、当然といえば当然の成り行きだ。そしてここ日本では、そのあたりからだんだんと、韓国映画がその存在感を増していったように思える。

だが、カンフー映画はまだ死んでいない。いや、死んでいないどころか、『エブエブ』を観れば分かるように、その魅力は様々なエンターテイメントにしっかりと浸透し、作品自体に多面的な煌めきを与え、ファンを増やし続けている。『エブエブ』の全世界的な大ヒットからも、その事実は明白だ。ミッシェル・ヨーがかつて活躍した香港エンターテイメント業界も、『エブエブ』人気を前向きに捉え、復活に向けて頑張っているらしい。「東洋経済ONLINE」3/29/2023付の記事によると、香港政府は映画開発基金に2億4000万香港ドルを確保することを発表。今後、ストリーミングプラットフォーム向けのコンテンツ開発にも力を入れ、映像分野の流通市場を拡大させていく計画があることなどを明かしているそうなので、香港エンタメの今後に期待したい。

それにしても......カンフー、なんて恐ろしい存在! 今後も全世界に散らばる映画ファンから、未来永劫、愛し続けられるに違いない。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
原題:Everything Everywhere All at Once
2022年製作/139分/G/アメリカ

配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/eeaao/


堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。
Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。
雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.


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