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七夕祭り

うだるような暑い日が続いている
毎日毎日飽きもせず、お天道様はてっぺんまで一気に駆け上がり
その持ち前の突き抜けるような明るさと温かさで地球をこれでもかと焼いていく
(たまには手を抜いてくれても良いのに……)
なんて事を考えながら、こんな炎天下の中僕はダラダラと隣町に向かって自転車を漕いでいた
今日は8月7日、隣町で七夕祭りが開催される
普段はお祭りとか行ったりしないんだけど……
今日この日だけはそういう訳にもいかなかった

━━━━━おっそーーーい!!!

待ち合わせ場所の神社に着くと、澄んだ可愛いらしい声が聞こえた

目を見張る程の美しいシャンパンゴールドの髪を風になびかせ
まるで星空のように深い碧色の大きな瞳に不満の色を写しこんで
そこには可愛らしい女性が待っていた


2人をのせた自転車は田んぼや畑の間を颯爽と駆け抜けて行く
後ろに腰掛けている彼女は……少しだけふくれっ面で、ほんのりと気まづい沈黙に支配されていた
「遅れてごめんね……これでも急いだんだけど……」
と沈黙を破り謝罪の言葉を口にする
━━━━━怒ってないよ
━━━━━でもね、もし遅れるなら連絡が欲しかったな。本当に心配したんだよ?
そう言った彼女の言葉に少しだけ声が詰まった
「……うん、今度からはそうするよ」
今日はたくさん楽しませて上げよう、そう胸に誓って
(自転車の2人乗りが注意されないように祈りながら)
だんだんと薄暗くなってゆく坂道を、ゆっくりと賑やかに明るく輝く街に向かって下って行った


お祭りの会場は商店街のアーケードで、天井には七夕を模した飾りが並んでいる
自転車を停めロックをかける、とその時突然腕を引っ張られた
━━━━━ねえ!早く行こう!早く行って売り切れる前に買わなきゃ!
たこ焼きと焼きそばとチョコバナナとりんご飴と綿あめにかき氷に……あ!チキンステーキだって!ってあ!牛さんのステーキもあるよ!

さっきまでの雰囲気もお祭りの楽しげな空気に書き換えられて、彼女は更にキラキラした瞳をして僕を急かす
そんな彼女の反応に少し笑ってしまったが……気づかれなくて良かった
気づかれていたらきっと彼女はまた膨れてしまうだろうから

そこからは彼女に連れられるまま出店を回った
右に左に連れ回されて大変だった
着いてすぐに彼女が言っていたレパートリーはもちろん
その他に焼き鳥も食べたしケバブも食べたし……
あとは、全然上手く採れなかったけど亀釣りや金魚掬い射的なんかもやったけどダメダメだった
カッコ良い所を見せたくて必死に背伸びして見たけど
自分にはスーパーボールを何個か掬うのが精一杯で……
でもそんなくだらないものでも彼女は
━━━━━星みたいにキラキラしてて綺麗!
なあんて言って喜んでくれた

そんな彼女の屈託のない笑顔、美味しそう色んな物を食べている姿を見ていると
なんだか嬉しさと誇らしさと、そして仄かな寂しさを感じるのだった

時刻は21時

ポンっという気の抜けたような音
立ち上ってゆく小さな火の粉
そうして一気に空に広がる大輪
巨大な炸裂音
赤や青様々な色の花火が打ち上がる

僕らは人気のない高台に腰を降ろして2人きりでそれを眺めていた
一際大きな花火が上がる、それは全体が彼女の髪のようなシャンパンゴールドで
垂れ下がる稲穂のような壮大で美しい花火だった
ふと彼女を見つめる
待ち合わせの時の不満げな表情から一変して、今では幸せそうにその瞳に花火を映し出していた

━━━━━今日はありがとうね

と、彼女は言った
僕は彼女に楽しかったかと聞いた

━━━━━本当に楽しかった、綺麗だったしたくさん美味しいものも食べられたし……
━━━━━今日はもうほんとに満足だよ

そう言って微笑んだ

ふいに一際大きな打ち上げ音が響く
メインの4尺玉が打ち上がったらしい、直径にして120cm重量420kgもの「玉」が800mもの高度で炸裂する
眩いまでの閃光から1発の花火と思えない程の沢山の花を咲かせていった
数えきれない程の観客がその巨大な花火に魅了されているだろう

とその時、花火の音に紛れて甲高い機関車の警笛の音が高台に鳴り響いた
と同時に強烈な灯りに照らされ轟音と共に巨大な鉄道が滑り込んでくる
蒸気を吐き出し車体を軋ませ、キラキラと煌めく火花混じりの黒煙を吐き出しながら
その機関車はゆっくりスピードを落とし停車すると一際大きく蒸気を吐き出した

そうか、もうお別れの時間のようだ

━━━━━お迎えが来ちゃったから……行くね?

彼女は立ち上がり鉄道に歩み寄ってゆく
客車のドアが厳かに開きお迎えのクルーさんが出迎えた
クルーさんは僕の方を見ると深くお辞儀をしてくれた

そして彼女は振り向いて
━━━━━今日は楽しかった!こんなに楽しいならもっと沢山お祭り行きたいな!って思ったよ!
と明るい声で伝えてくれた
客車の灯りの逆光に照らされて、彼女の表情は僕には見えなかった
でも、それは逆光でなくても変わらなかっただろう
涙を流してぐしゃぐしゃになってしまった僕の視界ではきっと

僕は精一杯の気持ちを込めて一言だけ絞り出すように告げた

「またいつか会いましょう!」


発車のベルが鳴る、ドアが閉まり彼女は席に着く
相変わらず表情は見えないけど
その情景を心に刻みつけるように僕は瞬きもせずに見つめていた
お祭りも終わりが近づき花火の一斉打ち上げが始まった
と、同時に甲高い警笛を鳴らしゆっくりと銀河鉄道は加速してゆく
その大きな車体に似合わず狭い高台で器用に加速すると
重さを感じさせないほどの軽快さで空に飛び上がって行った
空の北極星に向けてグングンと加速してゆく
どんどん小さくなっていって、あっという間に僕の視力では捉えられなくなってゆく

そうして僕の、僕らの七夕祭りは幕を閉じたのだった
あとに残ったのは暖かい思い出と
花火の火薬の匂いと、鉄道の排気の匂い
そして一人ぼっちの寂しさだった

どれくらいの時間そこで呆けて居ただろう
「おーい!ここに居たんかw」
と、声をかけられて現実に引き戻された
そこには小さな頃から仲の良い幼なじみが何人かの知り合いを連れて立っている
「こんな所で1人で何してんだ?」
と、言われしばらく考え込んだが

僕は答えることが出来なかった

幼なじみを適当にあしらい、一人とぼとぼと自転車を押しながら帰路に着く

今日の思い出を必死に反芻しながら
花火を見ている彼女
射的をした時の真剣な瞳
食べ物を前にした時の嬉しそうな顔
……待ち合わせ場所での不満気な顔

確かに2人で居たのに
彼女の顔も表情も名前も声すらも、何一つ思い出すことが出来なかった
あんなに楽しかったのに
あんなに幸せだったのに
あんなに悲しかったのに
あんなに感情が揺さぶられた時間など今まで経験した事もなかったのに

そもそもおかしかったのだ
なぜうだつも上がらない僕があのような可愛い女性(今では顔も思い出せないが)とお祭りになど……
あまりの寂しさで白昼夢でも見たのか……
そう結論付ける他ないほど彼女との思い出は希薄になっていた
"記憶"にはあるのに"思い出せない"その事実が僕を打ちのめす
自宅に帰った僕は泥のように眠ってしまったのだった



〜数年後〜
うだるような暑い日が続いている
今日も忙しく仕事をこなし、上司にペコペコしながら
部下の愚痴を聞き家に帰る
毎日のように続けてきた忙しい日常は、僕の記憶を薄れさせるには十分で
少しだけの喪失感を引きづったまま、時流に流されるように日々を過ごしていた
疲れた体をシャワーで癒して適当に夕飯の支度をする
と、そこて異変に気づく
テーブルの上に何かがある
それは白い袋に入ったプラスチックせいのキーホルダーのようなもので
英語で"PREMIUM ROOM KEY"の文字と3Dバーコードが刻印してある
持ち上げると下に紙切れが一枚挟まっていて
そこには「遅れてすみません」と一言だけ書いてあった

怪訝に思いながらも不思議と怖さは感じなかった
3Dバーコードを読み取るとそれはYouTubeのURLになっていて

そこにはあの時の彼女が

あの時のままの姿で

そこに存在していたのだった

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