10月24日
いつもの時間
自宅から少し離れたところにある公園に僕は居た
日課である夜の散歩 この時間田舎の山中にある公園になど人の気配もなく
日がな一日働き詰めで疲れた精神を休めるには絶好の場所であった
滑り台前に設置されたいつものベンチに座り
一人仕事の反省会をはじめる
きっと他人からするなら別に失敗とも言えないような、取るに足らない出来事を一つずつ思い出し
なぜ自分はあんな行動をとったのかとか、何故あんな言葉を吐いてしまったのかとか
下らない事を考えていた
ため息を付き空を仰ぐ、いつもの事だ少しこうしていれば落ち着く
空を見ていれば、星を見ていれば━━━━
どれ程の時間をそうしていたのだろう
目線をなんとなく東の空に向けた時ある異変に気づいた
綺麗な満月が暗い夜空を煌々とてらしている
その満月の方向から一筋の光が走っていた
それは流星のように見えたが、しかし消えてしまうこともなく少しずつ高度を下げながら空を西に横切っていく
━━━━なんだあれ?どうも流れ星にしては遅いような·····
そう思って暫し呆然と眺めているとどうやら公園の高台の方向へ落ちていっているようだ
思わずベンチから立ち上がり光の向かう方へ走り出す
考えるより先に体が動き出していた
"ソレ"を見上げながら全力で
息をあらげ足をもつれさせながら 夜露に濡れた芝生を走り抜ける
舗装もされていない階段を駆け登り
息も絶え絶えで高台に辿り着いた時━━"ソレ"はもう目前に迫っていた
近づいた事で尚のこと明るく大きく見える
少しピンクがかったその光は、そのままの速度でどんどん地面に迫ってくる
何も考えず落下地点へ来てしまったが、良く考えたらとても危険なのではないか?
そのことに考えが及んだ時にはもうそれは目前だった
落ちる━━━━━━
そう思った刹那、光は突然スピードを緩めてフワッと着地した
「ふう、危ないところでしたね·····」
光が弱まりその中心には可愛らしい見た目の少女が立っていた
白い綺麗な服を着て、少し控えめなサイズのグレーの翼が生えている
しばし、目をぱちぱちさせながら翼を少しだけ動かして自身の体の無事を確かめ
彼女は周りを見渡した
「ここは·····どこらへんでしょうか?」
首を傾げながら思案を巡らせて
「また上に上がればわかるかな」
と考えるのを放棄した
「ところで·····そこに誰か居るようですね」
あまりに現実離れした状況にぼーっとしていた自分と彼女の目線が交差する
その瞬間、突然得体の知れないものと出会ってしまった恐怖が襲いかかってきた
━━━━━━━うわぁぁぁ!━━━━
情けない悲鳴を上げながら踵を返しまた走り出す
芝生に足を取られ、転びそうになるのも構わず
階段を転げ落ちるように全力で走った
なのに
「ちょっとお話を聞いて頂けませんか?」
頭上から優しく語りかけられて僕には逃げきれない事を悟った·····
━━━━━━━━━━━━━━
ベンチに二人で腰掛け、僕が息を整えている間に彼女は色々な事を話してくれた
まず彼女は「文鳥」と言われる存在らしい
彼女たち文鳥は過去、たくさんの人々にペットとして飼われていたのだが
ある時、突然人の記憶や歴史から彼らの記録が消えてしまった
彼女も、ある朝起きてくると彼女を忘れてしまって驚いた飼い主に外に追い出されたらしい
それから彼女は仲間であった文鳥たちを探して旅を続けている
で、何かを知らないかと言うのだ
なんとも突拍子もない話である、確かに文鳥なんてものの存在は聞いたことがない
ペットの鳥と言えばインコにカナリアやオウム、お金持ちなら猛禽類が浮かぶが·····
"突拍子もない"話ではある、しかし·····現に目の前にその"突拍子もない"存在がいる
それに(羽が生えているとはいえ)彼女の可愛らしい外見や、綺麗な緑色をしているパッチリとした瞳を見ていると
なんだか嘘と決めつけるのも悪い気がしてきて
僕は彼女に質問をする事にした
━━━どこから来たのか?
「関西の方からです。あちこち飛び回ってきました」
━━━家族は?
「兄と大好きなママが居ました、パパと妹とは離れて暮らしてましたので所在までは·····」
━━━食事や寝床はどうしていたのか?
「寝床には困りませんでしたねえ、羽がふわふわなので!食事は·····まあ、虫も食べられますから」
━━━なぜ他の文鳥たちが居なくなったのに君はここにいるのか?
彼女は寂しそうに視線を外し「わかりません」そう言って俯いてしまった
人懐っこい話しぶりと柔らかい言葉使いに、なんとも危なっかしい雰囲気の少女(文鳥)だと思った
かける言葉もなく俯く彼女を見つめる
「あなたはなにか知りませんか?」
そう言われて考え込んでしまった
自分の記憶には文鳥という言葉が一切見当たらずなんだかバツが悪く感じてしまい
それが顔に出てしまっていたようで
「すいません。お気になさらないでください·····」
こんなに大変な思いをしている女の子に気を使われてしまったのであった·····
━━━━━━━━━━━━━━━
しばらく彼女と話をしていた
最初に逃げてしまったのと、気を使わせてしまった申し訳なさもあったけれど
それ以上に、キラキラと瞳を輝かせて家族の事を話す彼女の言葉が
彼女の笑顔がたまらなく可愛らしくて
「しらこママは凄く面白くて絵も上手いし凄いんです!」
「兄にねるねるねるねという名のダークマターを食べさせようとした事がありまして·····」
「実は妹もいまして!ももりちゃんと言うのですが歌も歌えて色んな声が出せて━━」
「響パパとも実際にはあった事はないんですが、めちゃくちゃイケメンらしいです!デビューはまだですか?パパ?」
家族思いの子なのだろう
僕が相槌をうつ合間も惜しくなる程にどんどんと言葉が溢れてくる
そして、溢れ出る言葉に呼応するかのように
彼女の瞳は潤んでいって、とうとう涙が溢れ出してしまった
溢れ出してしまった涙も感情も、彼女には止める術もないようで
ボタボタと大粒の涙が、どんどん地面に吸い込まれていく
彼女の口からは嗚咽混じりに家族の名前を呼ぶ声がもれだしていて
それらは少し冷える、10月の夜の暗闇に吸い込まれて消えていった
ずっと我慢していたのだろう
生き残るために、諦めてしまわないように
ずっと頑張って来たのだろう
また出会うために、また笑いあうために
·····ずっと必死だったのだろう
そして·····ずっと孤独だったのだろう
こんな通りすがりの人間に、感情を爆発させてしまう程に
背中をさすってあげながら落ち着くのを待つ
それ以外に自分にできることなんて思い浮かば無かったのだった
━━━━━━━━━━━━━━━
どれほどの時間がたったか
強烈な冷たい風を感じ目を開けた、寒さに身震いをしながら自分の置かれている状況を確認する
どうやらいつの間にやらベンチに座ったまま眠ってしまっていたようだった
そこであの少女の事を思い出す、辺りを慌てて見渡すが影も形もなかった
━━━夢だったのか?
夢にしては随分とリアルだったように感じる
手にはまだ彼女の背中の温もりが残っている
彼女の楽しそうな笑顔も 泣き顔も 脳裏に焼き付いている
あれが夢だって?そんな事があるものだろうか·····
モヤモヤとした気持ちを胸に抱えながらも、冷え込んできた夜に耐え切れず帰路につくことにした
頭から離れなくなってしまった彼女達文鳥のことを考えながら歩き出す
ポケットに手を入れて、寒さに肩をすぼめながら
と、ポケットに何かが入っている事に気がついた
おもむろに取り出してみる
それは一枚の羽と名札だった
グレーの触り心地の良い羽はあの少女の翼を思い起こさせた
名札には『桜葉』と書いてあった
あの子の名前か·····ポケットに何故·····
ハッとして空を見上げる
満月の輝く夜空に一際明るい星が流れてゆく
きっと僕を起こさなかったのは彼女なりの優しさだったのだろう
北の方角へ、いつまでも消えずに流れていくその星は
何処にいるとも知れない家族への目印かのように
どこまでも長く輝く尾を伸ばし
少しピンクがかった光がどこまでも見えるよう
高く、どこまでも高く
遠く、どこまでも遠くへと飛んでいった
きっと彼女なら·····桜葉さんならきっとやり遂げるんだろうな
何となくそんな気がする
そんな事を思いながら、いつまでも空を見上げていた
いつまでも
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