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【ファクトチェック】パレスチナ自治政府の「殉教者手当金」に対するイスラエルの批判は正当か?

 バイデン政権の中東政策をめぐり、イスラエルは改めて戦略の練り直しを迫られている。そうした中で広報外交上の重要課題として挙げられているのが、(1)イスラエルによって拘禁されているパレスチナ政治囚や、イスラエルの攻撃による死傷者およびその家族にパレスチナ自治政府が支払っている手当金(以下、「殉教者手当金」と呼ぶ)に対する攻撃と、(2)国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が「憎悪教育」を行っているとするバッシングキャンペーンである。いずれも、バイデン政権が約束してきたパレスチナ支援再開を妨害し、トランプ政権の「遺産」を何とか維持しようとする意図が明確な主張である。
 これについては、米国の有力イスラエルロビー団体であるサイモン・ウィーゼンタール・センターや全米ユダヤ人委員会(AJC)が米国だけでなく、日本政府に対しても働きかけをしていると考えられる。というのも、日本はパレスチナに対する大口援助国だからである。例によって「ユダヤ人と日本」主宰者の徳留絹枝氏のツイッターを引用しておく。

イスラエルの批判は無理筋

 今回は、(1)の問題について論じる。イスラエルは、自治政府の「殉教者手当金」について、「テロリストへの支払い」だとして批判し、国際支援がテロ支援に用いられていると論難してきた。しかしこの主張は、イスラエルがパレスチナの占領国としてジュネーブ第4条約を順守する義務があることを無視している。同条約98条には、「被抑留者(この場合、パレスチナ人)は、自己の本国、利益保護国、被抑留者を援助する団体又は自己の家族から手当を支給され、且つ、抑留国の法令に従い、自己の財産から生ずる所得を受け取ることができる」とあり、その権利を保障するための抑留国(この場合、イスラエル)の義務を定めている。これはパレスチナ人政治囚が拘留されている理由如何によらない。したがって、イスラエルがパレスチナ自治政府によるパレスチナ人囚人支援を妨害することは国際人道法違反にあたる。
参考)Independent Commission for Human Rights, "New Israeli law on deduction of prisoner allowances is collective punishment" (4 July, 2018)

 「殉教者手当金」の対象者には、イスラエルの一般市民に対する自爆攻撃を行ったパレスチナ人の家族なども含まれていることから、イスラエルはひたすら「テロ支援」のイメージを拡散しようとしている。しかし、例えば2002年4月、ジェニン難民キャンプに侵攻したイスラエル軍に抵抗し、戦死した多くのパレスチナ人たちのように、「正当な軍事目標」に対する自衛的戦闘の中で亡くなった人びとが当然いる。また、そもそも「攻撃」をする意図自体がなかったにもかかわらず、「テロリスト」と間違われて殺害されたり、投獄されているパレスチナ人も数多くいる。「正当な攻撃」と「不当な攻撃」とを区別し、裁くことができる公正中立な司法権力は、パレスチナにもイスラエルにも存在しない。
 より根本的な問題として考えなければならないことは、占領者に対して被占領民族が武装闘争を通じて抵抗する権利は、繰り返し国連決議等で確認されてきた、国際法上正当な権利だということである。パレスチナ人の武装闘争のうち、どの部分が不法かということは、イスラエル軍の軍事行動のうち、どの部分が不法かということと同様、国際法にもとづき判断するしかない。しかしイスラエルは、この問題を国際刑事裁判所に付託することに強く反対し、パレスチナ人の抵抗総体の正当性を否定しようとしてきた。そうした状況において、「殉教者手当金」は、主たる働き手を奪われた家族を経済的に守るという現実的・社会的な役割を果たしてきた。
参考)The Palestinian Authority Martyrs Fund explained (Jun 24, 2017)

 さらに、代理徴収した税金のパレスチナ自治政府への送金は、オスロ合意でイスラエルに課せられた当然の義務であり、「殉教者手当金」分の金額を差し引くというかたちで、一方的に合意を破るのもまた明確な国際法違反である。
 以上から言えることは、イスラエルによる自治政府の「殉教者手当金」に対する批判およびその詐取は、現行国際法の枠組みから見れば、全くの無理筋であり、正当性を欠いているということである。そのことは、イスラエルがこの問題を積極的に取り上げ出したのがトランプ政権発足以降のことに過ぎないということからも伺える。まず2018年3月に米国が、「殉教者手当金」を廃止するまで、対パレスチナODAを大幅減額する法制化を行い、同年7月にはイスラエルの国会が、同手当金分を代理徴収したパレスチナ人の税金の送金額から差し引く法律を可決した。これに対し、パレスチナ自治政府が猛反発し、差し引かれた税金の受け取りを拒否し続けたことは記憶に新しい。
参考)パレスチナ:イスラエルからの送金再開(中東調査会、2019/10/08)

入植型植民地国家の暴走

 イスラエルは、これまで、西岸地区・ガザ地区は国際法上の「占領地」ではなく「管理地」だなどと主張して、入植地建設等の違法行為を続けてきたが、他方、ジュネーブ条約に定められた占領地における人道的義務については自発的に守る、というポーズを取ってきた。「占領地」という西岸・ガザの位置づけは、イスラエルにとって確かに、占領国としての国際法上の義務を負わされるという負荷はあるものの、他方、「武力による領土獲得」という国連憲章の禁止項目に触れていないという名目を与えてくれるし、また、パレスチナの「独立」の可能性をちらつかせることで、アパルトヘイト犯罪という批判をかわすことができるという「利点」もある。このような国際社会を欺くイスラエルの「あいまい政策」は、「土地と平和の交換」原則にもとづく「和平」を延々と先延ばしにしながら、入植地建設を続ける時間稼ぎを可能としてきた。
参考)ヌーラ・エラカート「トランプ政権のエルサレム首都承認と国際法」

 「殉教者手当金」のシステムに関していえば、イスラエルが占領国として負うべき占領地住民の福祉に対する責任を大いに軽減してくれるものである。だからこそ、長年にわたってイスラエルはそれを容認してきたのである(「殉教者手当金」は第三次中東戦争直後、ファタハが制度化したのが始まり)。
 しかし、そもそも国際人道法における「占領」は、軍事上の必要から一時的に行われるものとして想定されているのであって、このような欺瞞がいつまでも続くことに対して国際世論が容認できなくなりつつあるということは、BDS(ボイコット・資本引揚げ・制裁)運動の広がりや、イスラエルの対パレスチナ政策に対してアパルトヘイト犯罪の概念を適用しようとする諸々の動きの中で、イスラエル自身が誰よりもよく自覚しているように思われる。トランプ政権成立を梃子として一気に推し進められようとした「世紀のディール」は、この「占領」に対するイスラエルのあいまい政策を自国により有利なかたちに転換するため、パレスチナ人自身に、西岸の約50%を占め、100以上の飛び地から構成されるパレスチナ自治区をほぼ現状のままで(つまり自衛権・関税自主権・出入国管理権(!)等を制限された状態で)「独立国」として認めさせ、そのことによって実質的に民族自決権の主張を放棄させようとするものであった。それは、残りの半分のC地区の大部分を併合するということでもあり、占領とアパルトヘイトの不可視化・永続化を意味する。そのためには、いかに、イスラエルにとって経済的・社会政策的に都合の良い「殉教者手当金」であれ、その趣旨に、「占領者に対する抵抗」という名目が入っている限り、これ以上容認するわけにはいかない、ということになったのである。なんとなれば、「占領」の概念そのものをパレスチナ問題の認識フレームから追放してしまおうとしているのだから。
 しかし、これは、人を踏みつけながら、踏まれた人間および周囲の人間に対して、踏んでいるのではなく足を添えてあげているだけなのだから、「踏んでいる」とは言うな、言ったら和平への妨害だ!などと言って、逆切れしているようなものである。無理筋を通すための無理筋、犯罪を隠ぺいするための犯罪とでもいうべきものであり、いずれは自らに跳ね返って来ざるを得ない類のものである。徳留絹枝氏を含め、入植型植民地国家イスラエルの破滅的な政治運動に自ら巻き込まれ、深く考えないままに協力している人びとは、パレスチナで日々引き起こされている現実を直視し、南アフリカで起きたような歴史の潮流の変化に参画してみるという「もう一つの選択肢」を少しでも想像してみてはどうだろうか。

(文責・役重善洋)
※トップ画像は、パレスチナ人の風刺画家ムハンマド・サバーネの作品。彼自身、2013年に5か月間、イスラエルの監獄に拘禁された経験をもつ。


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