とうちこ奇談 和歌山県日高郡みなべ町

 みなべ町は和歌山県の南端に位置しており、太平洋と紀伊山地の、山と川と海に囲まれた自然豊かな土地である。
 みなべ町の沿岸に海神社わたつみじんじゃがあり、その摂社では"にとうちこ様"という氏神が祀られている。
 社内には2体のご神体を斜めに安置しており、それぞれ南向とうちこ、東向とうちこと呼ばれている。
 元は像は一体であったが、ある者がこれを盗み出したので、また一体作って安置した。ところが、盗んだ者に祟りがあり苦しんだため、神主に謝罪をし像を返した。神主はこれを不問にして許し、この二体を祀るようになった。
 文献によると、本来はちこ様というご神体のようで、二体を祀るようにしてから二頭のちこ様の神体を以って今の”にとうちこ様”と呼ばれるようになったそうだ。
 (元はちこ様と呼ばれていたはずが、南向とうちこなどとそれぞれ一体が呼ばれるのはいささか変わっている)
 次にこのちこ様を祀るようになった経緯を紹介したい。以下は海神社にある文書をまとめたものである。

 漁場に向かったある漁師が岩場に大きな黒い塊が浮いているのを見つけ、近づいてみるとそれが水死体であったため船に揚げて持ち帰り、自宅の裏の墓地で厚く埋葬した。
 その晩、男が外の様子がおかしいと感じ目が覚めた。そしてそれから外に出て周りを確認すると、家の裏の方向から「ちこちこちこ」という声が聞こえてきたため裏手に周ると、昼間埋葬したはずの場所が掘り返されており、さらにその場所に玉のような肌の齢14ほどの女が立っていた。男はこの目の前に立つ女があの水死体に違いないと思い、体が凍りついたようにその場から動けないでいると、女が急に「ちーこちこちこ」とけたたましい声をあげ男の横を走りぬけ海の方へと消えていった。
 そしてそれから、男は大漁に恵まれ、一時は三里四里の浜を埋め尽くすほど鰯のかわきの潟を広げるほどもあったという。
 これにより富を得た漁師の男は海神社の神主に経緯を話し、あの晩にみた女性を「ちこ様」と呼び、摂社を建立してかの像を建て祀ったのだという。


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