とうちこの歴史

ルビを振るテストと併せて「とうちこ」の歴史を紹介したい。

 慶長けいちょう元年のこと、東地子とうちこ一帯は、凶作飢餓悪疫流行し、故に天下麻のごとく乱れ、世相混乱の極みに達せり。
 時に大輪東地子寺だいわとうちこじ天慧禅師てんけいぜんじ座視するに忍びず、三十七、廿一日間の断食祈願の禅定に入る。即ち、観音の霊験ありて、東地子寺境内に奉祀し大いに教化につとめ、天慧禅師、生仏となす。さらに吾、末永く民を火難水難より守護せんと誓願を立て、嘴広鸛ハシビロコウを集め、それを浄めて統治行為殷とうちこういいんを印し土中に並べしき、この上に端座に入り人柱に入り給うという。
 この三年ののち東地子の地、豊作となる。しかし村里の者が誤り、嘴広鸛ハシビロコウを掘り返しき。見れば嘴広鸛、顔色穏やかにて、『示現せり』と言へり。以後空手踊りカラテオドリ観音、身代観音と呼ばれん。

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