トド岩と夜

 静かだけど落ち着かない夜だった。ただ、この夜は怖くはなかった。
 二つ上の、心の隙間を埋めてくれる夏色先輩と二人きりでトド岩の見える静かな岸壁を臨む道に立っていた。
 夜の岩礁で心を落ち着かせたかった。
 月明かりに照らされた真暗闇の海と薄暗い荒々しい岩肌が自然の優美さと恐怖をものがたる。優艶で雄大で益荒男なこの大地の恐怖と平静が私は好きだ。
 波打つ音だけが聞こえる静かな夜だったが、なにか騒がしかった。
 矛盾を孕んだ表現しがたい感覚に心が苛立つ。冷静さを求めて隣の先輩に視線を送る。
 先輩はある一点をじっと見つめていた。視線の先を私も合わせると、そこにはトド岩がたたずんでいた。
「いっぱい、いるよね。あの岩のとこ…」
 ゾッとした。たぶん私と同じだ。
「うん…何十人って感じじゃないわよね。ううん、なんていうか気配というか視線というか…」
 静かな夜に、雲も少なく月明かりが綺麗だと言うのに、私たちは空を見上げず、岩を見下ろしていた。
「でも、怖くないですよね。」
「うん」
 夏色先輩は深呼吸をして
「帰りましょ」
と声をかけて一緒に夜道を帰った。

 翌日の放課後、部室の冷蔵庫に「六花の!」と書かれた未開封のヨーグルトが増えていた。
 ただそれだけだ。
 

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