小説『虹をつかむ人 2020』第十六章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 16

第十六章

 Kさんは中年というよりも、老人に近い方でした。白髪の小柄な女性でしたから、昔の新聞記者というよりも学校の先生をしていた、と言われた方がしっくりきます。ええ。そうですね。私も、新聞記者ということで、無意識に男性をイメージしていましたが。上品な、やや厳しい感じの女性でした。
 ずいぶん昔に地方都市で起こった女子高校生の飛び降り自殺を、ずいぶん経ってから知らない女が、わざわざ掘り返しに来るわけですから、どう考えてもKさんが好意的に、私を迎えてくれるわけがありません。そのうえ、ツテ、というか、コネ、というか人脈を使うという、あまり褒められたやり方ではない方法で、Kさんのところに辿り着いたわけですから。
 私はKさんとKさんの家のリビングで話すことになりました。門前払いされずに良かったです。
「Kさんに会うまでのやり方は、ろくでもないものだとわかっています」
「ろくでもないのは、それだけではないと思うけど。昔の事故を根掘り葉掘りと掘り返すことも、ずいぶんではないかしら。たとえ遺族が一人もいなくなっているとしても」
「遺族は一人もいないのですか?」
「それは単なる確認ね。あなたがそれを知らないわけがないから。知っているくせに」
「彼女を仮にMと呼びますが、Mには確か兄弟はいなかったはずです。ですね? Mの母親は三年後? 病死でしたね。Mの父親は数十年後に、Mの墓参りのあとに、列車に飛び込んで自殺。衝動的に」
「病死は病死。自殺は自殺。自殺というよりも事故だと、私なら言うわ。まったくね、古い事故なのにね。無関係のあなたが、よくご存知で。あなたの話に、特に私が何かを付け加えることは、もうないと思うけれど。それ以上に、あなたは一体、何を知りたいのかしら? そもそも、なぜ昔の事故を知りたいのかしら?」
「前提として、自殺は事件ですか? 事故ですか?」
「私は個人的には、事故だと思っているわ。ねえ、言いかしら、私があなたの質問に答える前に、私の質問に答えてもらえるかしら。確かにあなたの人脈は大したものだけれど、私はもうすでに引退しているし、そういう人たちは、私にとってはもう圧力にはならないし。話す話さないは、私の自由でしょ? できれば、できるだけ、私は好意的に自発的にあなたに答えたいのだけれど。どうかしら?」
「あの事件に関連して……」
「事件、ではなく、事故」
「あの事故、に関連して一人の少年が悩んでいます」
「少年?」
「当時、少年のW。Mの友人Wが今でも悩んでいます」
「なぜ友人Wは、今頃、悩むのかしら?」
「友人として、Mを助けることができなかったからです。Wは自分がMを助けるべきだったと思っていますし、Mの父親の死にもWは責任があると感じています」
「なぜ父親の? そもそもWとあなたの関係は?」
「簡単にいえば上司です。心情的には年上の友人です。だから助けたい。新しい事実を伝えて、少年のころに植え付けられた悩みを消して、消すことができなければ軽くして、結果的にWを救いたいのです」
「なるほどね。Mとあなたの間はWによって繋がるわけね。Wを救うというのは、それは結果的に、あなたやあなたの組織にとって、利益になるのでしょうね。結果的なのか目的的なのか、それは私には知らないことだけれど。あえて過去の事故をさらすことが、ね」
「あえて否定はしませんが。それに幸か不幸か、事故をいまさら、さらしても、誰も傷つきません」
「ずいぶんな物言いね。だからと言って、生き残っているWだけを救えればいい、ということにはならないと思うけど。それに当時Mの恋人だった上級生は今でも行方不明なのよ。私は傷つかないけれど、愉快ではないわよ」
「Mの恋人だった上級生は、今でも生きてます」
「本当? そうなの? まったく、あなたは何でも本当に腹が立つほど、いろいろ知っているのね。じゃあ、そこから先に教えてもらおうかしら……」

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