小説『虹をつかむ人 2020』第二十九章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 29

第二十九章

 その日の朝早く、ムロエのもとに管理センターの担当者から直接通信が来た。通常連絡を行うような時間帯ではないことから、緊急の要件であることが予測できた。こんなときこそ落ち着いて対応しなければならない。受信する前にムロエは深く息を吐いた。
「こちら管理センターです。虹捕獲師のR621011のアクションが……」
 どうやらR621011のアクションが不自然であるらしかった。
 虹捕獲師は虹を捕獲する際の動き(出動から、移動、現場到着、捕獲作業、デリバリー依頼、移動、帰宅まで)、そのアクションのすべてが管理センターでモニタリングされている。
 モニター上には黒い線画のマップと座標が表示される。虹発生ポイントでは赤い2点(虹の両端、AとB)が点滅する。捕獲師二人は緑の2点となってモニター上を点滅しながら移動する。捕獲師は自宅を出て虹の端(AまたはB)に、それぞれ向かう。さまざまなルートで現場(虹の端)に到着して、捕獲作業を開始する。モニタリングの目的は、主に虹捕獲師の安全管理ではあるが、一方で虹捕獲後の盗難や転売を防ぐためでもある(過去にそういう事件が起こったことを踏まえて、モニタリングシステムは強化された)。
 ムロエは自分の執務室の専用パソコンから管理センターのサーバーにアクセスした。総合モニターにコネクトすると、白いモニター上に、黒い線画のマップと座標が表示された。
 過去に何度もムロエはモニタリングをしたことがある。虹捕獲師として現場で活躍していたころは、上司からモニタリングもされていた。捕獲師が正常に活動する場合の動きは、こんなふうになる。モニターでは緑の点が点滅しながら赤い点に向かい(出動)、しばらくすると、緑の点と赤い点が重なる(現場到着・作業開始)。その後、赤い点が消え、緑の点だけになり(作業終了)、緑の点は点滅しながら自宅に戻る(帰宅)。これが普通のアクションである。
 管理センターからの連絡によれば、R621011のアクションは、現場に到着するまでは正常だった。しかし作業を開始してからイレギュラーな動きをしているらしい。ムロエはモニターを見たまま管理センターと話した。
「現在、虹を捕獲中ということよね? 緑の点・捕獲師R621011が赤い点・虹の端R200804Aと重なっているから」
「違います」
「違う? どういうことかしら。何が違うの?」
「虹のもう一端・R200804Bが消えています」
 ムロエはモニター上のマップをスクロールしてR200804Bを探したがどこにもなかった。
「ということは、捕獲作業は終了しているということ?」
「そうです。五分ほど前に作業は終了しています。ちなみにR200804Bで作業していた捕獲師は、現在現場から約十キロ地点で、帰宅途中にあります」
「それでは今現在、R621011はR200804Aで何をしているの?」
「わかりません。わかっていることは、虹の両端で虹の捕獲は成功しています。デリバリーチームからも、研究所の培養ラボに向かうという連絡が来ています」
「捕獲に成功した時点で、成功したということは同時にカットしているわけだから、Bと同時にAも消えるはず。そういうふうに理解していたのだけれど。なぜ、Aだけが残っているの?」
「通常ならその通りです。だから現場では、異常なことが起こっています。だからこんな非常識な時間に連絡させていただいています」
「それは気にしなくていいわ。それより、虹の継続タイムはどのくらい?」
「予報では発生から消滅まで7分37秒です」
「今の時点で、作業後何分経過しているの?」
「5分、いやすでに6分33秒になります」
「捕獲に何分かかった?」
「1分15秒」
「継続予報に誤差があるから、まだ消えていないのかもしれない」
「誤差なんか1秒もないと断言できます」
「どうして?」
「神だからです。この予報は神予報だからです」
「ああ、なるほど。あなたはモニタリングのプロとして、この状況をどう把握しているの? 分析してみて」
「仮説ですが……。捕獲師は虹をカットした後も、何らかの方法で虹と接触している。表現は稚拙ですが『虹をつかんでいる』というのが最も近い表現でしょうか。その接触が、虹の消滅を遅らせている。だから赤と緑の点は重なったまま消えていない」
「だとしたら、どうして捕獲師は、そんなことをしているの? 虹をつかんだまま、今、何をしているのよ?」
「わかりません。当人ではないので。ただ……」
「ただ何?」
「どのくらい虹が消えるのを遅らせることができるのかにもよりますが、私の仮説が正しいとすれば、捕獲師の異常行動の答えは一つしかありません」
「それは何かしら?」
「虹の橋をわたっている」
 そうなのか、とムロエは腑に落ちた。今この瞬間、R621011である渡辺は、虹の橋を渡っている。

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