小説『虹をつかむ人 2020』第二十六章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 26

第二十六章

「あなたが私の所に、遠い所からわざわざやって来て、こうやって検証してみて、私たちは真実に近づいたのかしらね」
「わかったこともあれば、わからないままのこともあります。私にとってわかったことは、ハード―ラーの自殺未遂は本当は違うかもしれないということです」
「私にとっては、Mの父親の最期の瞬間について知りたかったことを知ることができたことね。私たちにとって、いまになっても、わからないことはMのお腹の父親は、誰だったのかということ」
「それから、Mの父親の死は何を意味するのか。その死が何かを認めたこと、たとえば贖罪だとすれば、どんな罪を償ったことになるのか、ということも、まだわかりません」
「付け加えるなら、Wはメモに何を書いたのかもわからない」
「それについては尋ねれば答えてくれるはずです。Wは生きているし、あとはみんな亡くなってしまったから、遠慮や気兼ねはいらないでしょうから」
「だからこそ、Wは気兼ねをするかもしれない」
「だとしても、この検証の過程と結果を伝えれば、きっと教えてくれると思います。この検証の過程と結果を、Wに伝えてもよろしいですか」
「謎が一つでも減るなら、すべて話して構わないわ。私にも教えてね。連絡先は知っての通りでしょ? そして、それを聞いたWが、過去について何か貴重なことを思い出してくれるかもしれない。それもわかったら教えてもらえるとありがたい」
「わかりました。それで、また謎が一つ減るかもしれません」
「そうなることを願うわ」
「今回は、長時間いろいろとありがとうございました。貴重なお話を聞くことができて、Mの自殺に関する一連の事故の検証はもちろんですが、個人的にも貴重な経験をすることができました。検証中、不愉快な思いをさせてしまったことを、改めてお詫びいたします。申し訳ありませんでした」
「そんな思いはしていないし、たとえそうだったとしても、もう忘れたわ。あなたとの一連の検証を、さすがに楽しかったとは言えないかもしれないけれど、私にとっても過去を振り返るための、個人的な良い機会になったことは事実だから。ありがとう。わざわざ来てくれて、改めてお礼を言うわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「あなたも、いろいろ大変そうね。ねえ本当に、虹を捕まえることなんて、できるの?」
「できます。ノウハウ、スキル、テクニック、ツール、極秘ですが、そういうのが、ちゃんとあるんです。でも一番大事なのは、月並みですが心です」
「なるほど、それは、一体どんな心なのかしら?」
「人を押し退けない心。人に手を差し伸べる心。人生の苦しさの中に光を見て立ち上がる心。そういう心、でしょうか」
「こんなこと言うと失礼かもしれないけれど、虹をつかむ人は、何だか幸福そうではなさそうね。そのうえ、お金とか、出世とかにも、縁がなさそう」
「その通りです。だから、虹をつかむことができる人なのです」

 ムロエさんはKさんと握手をして別れたそうだ。お互い笑顔で別れたそうだが、再会を約束することはなかったという。「何だか、一生分話し合った気分だったから」とムロエさんは笑った。ムロエさんは、その笑顔のまま、私に発言を促した。その顔は「あなたにしか解けない古い謎を、今ここで、ぜひ解いてみてくれないかしら。私の期待通りに」と柔らかく促していた。
「わかりました。コーヒーのお代わりは、どうですか?」
「ありがとうございます。遠慮なくいただきます。渡辺さんには、メモ意外に、もう一つ解いていただきたい謎がありますが、よろしいでしょうか?」

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