小説『虹をつかむ人 2020』第三章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 3

第三章

 宛名が自分で、差出人が「室絵」と書かれた封筒を開けると、以下のような文面が現れた。

 渡辺様におかれましては、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。突然、このようなお手紙を差し上げるご無礼をお許しください。なお当通信は弊所の室絵が書いたものではないことを、まずお詫びいたします。ではなぜ室絵の名前が差出人として記されていたのかにつきましては、いくつか理由がございます。まず室絵以外の名前または無記名では、渡辺様が不審に思われ、未読のまま破棄される恐れがありますので、それを回避するためでございます。それならばなおさら室絵自身が当通信を書くべきではないか、という渡辺様のご指摘は正鵠を射ております。ですから本来の理由は以下のようなものとなります。まず室絵は個人的な事情で、弊所を一時的に離れており、渡辺様に当通信を送れる立場にはございません。そのため渡辺様に読んでいただく通信を、現状、室絵は書けませんので、私が代筆させていただいておる次第でございます。ご理解いただけましたでしょうか。
 前置きが長くなり申し訳ございません。今回のご連絡は他でもございません。かねてよりご検討させていただいておりました「虹捕獲師」の資格審査結果のご報告でございます。同封の別紙をご覧ください。(これで一枚目の通信が終わっていた。)
(別紙)【資格審査結果】
審査番号 R20140705
審査対象 渡辺 **
推薦虹師 室絵 **(R19560706)
審査虹師 ** **(R19210925)他3名
審査結果 3級虹捕獲師有資格認定
資格認定 2015/01/01
審査備考 有資格認定日後30日以内論文提出(論文審査合格後3級虹捕獲師資格授与)
(二枚目の通信は、こう始まった。)別紙のように渡辺様は室絵の推薦により、無事有資格者と認定されたことをご報告させていただきます。つきましては「私と虹」というテーマで論文(1000~1200文字程度)の提出をお願いいたします。室絵からお聞き及びかと存じますが、論文は形式的なものであり、弊所では渡辺様に対して、すでに3級虹捕獲師として入所手続きを進めております。ちなみに虹捕獲師の研修は二月上旬から始まります。研修期間は半年程度で、座学と実技、捕獲器具の操作方法と各種備品の管理保管、各現場における虹捕獲の実践(各地でのフィールドワーク)などを予定しております。詳細が決まり次第、改めて通信させていただきます。
 末尾ながら、渡辺様のますますのご活躍とご健康を祈念いたしまして、擱筆させていただきます。

2015年1月1日
公益財団法人虹捕獲研究所
〒***-1234  ****市**区**町12-34-56

追伸
 万一、この件をご辞退するようでしたら、その旨、弊所までお早目にご連絡いただけますようお願い申し上げます。(これで二枚目の通信が終わり、三枚目はなかった。)

 この通信をキッチンで立ったまま読んだ。二度読んだ。差出人はムロエさんだったが、事情があって、中身は別の誰かが書いた。二度読んでもムロエさんの事情はわからなかったし、中身を書いた「私」が誰なのかもわからなかった。私には辞退する理由はないので、とりあえず論文を書くことに決めた。どうやら、すでに3級虹捕獲師らしいのだから。

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