小説『虹をつかむ人 2020』第十八章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 18

第十八章

「ここまでで確認したいことがあります」
「ああ。あれのことね。4カ月のこと」
「それもあります。が、もう一つ、あります」
「もう一つ?」
「ハードラーとMの間に、性交渉があったと思ったのは、なぜですか?」
「逆に聞くけど、あなたは、それがなかった、と思うのかしら」
「正確に言えば、その件についてはわかりません。わかりませんが、性交渉がなかったからこそ、ハードラーはMの妊娠4カ月を知ってショックだったのかもしれません」
「そうかもしれない。もしくは、ハードラーにとっては、自分以外に相手がいたことがショックで、かつその相手の子供をMが身ごもっていたことは、絶望に足る事実だった」
「その可能性はありますが、その場合、4カ月をどう解釈するのか、です」
「少なくとも4カ月前に二人は出会うことはなかったから、ね」
「古からの友人であるWはそう考えていますし、私も同意します。鑑識が間違った可能性はないと思いますから」
「では、その線で考えを進めましょうか。子供の父親は誰も知らないX」
「その場合、MはXとハードラーの二股をかけていたことになります。さらに妊娠しているのに、Mはハードラーと性交渉をしたことになります」
「妊娠しているが、それを知らなかったかもしれない。妊娠の初期にはよくあることだから。二股についても私は同意できないわ。それに同意すると、Mは妊娠・二股・自殺ということで括られてしまう」
「Xと交渉はあって妊娠したが、そうとは知らずに別れて、そのあとハードラーと交渉したことになります」
「そこまで考えると、さっきあなたが提示した可能性、ハードラーとは交渉がなかった可能性が立ち上がるわね。Mという女の子のイメージからして」
「どういうイメージですか」
「もっと普通の、二股なんてしない、簡単に性交渉しない、ような女の子。そうイメージすると、Xとの交渉は単なる事故なのかもしれない」
「レイプ?」
「それはわからない。可能性はゼロではないけれど。たとえばね、軽い友人同士が流れに任せてしまったとか。古い言葉で、私の歳がばれるけど『お医者さんごっこ』みたいな。何となく拒否できずに、よく避妊も知らずに。それが最初であれば、妊娠を心配すると同時に生理が遅れていると思いたいだろうし、私ならそうかもしれない。
 当時、妊娠検査薬を簡単に女子高生が薬局で買えたとは思えないから。できるなら、できるだけ、その相手Xとは距離を置くだろうしね。そのあと他に付き合う人が出てきたとしても、Xとの距離というか壁をつくるために、他の誰かと付き合ったかもしれない。
 その誰かが、この場合はハードラーだけど、だからこそハードラーと付き合うようになったとしても、性交渉をしたとは思えなくなってきたわ。あなたと話しているうちに。Mにとっては最初の性交渉の印象があまり良くなかったのかもしれないし。妊娠の可能性も否定できないからかもしれないし」
「Xとは具体的に誰だったのでしょうか」
「わからないわ。4カ月前に性交渉ができる距離にいたすべての生殖可能な男性だとしかいえない。それからXがMを妊娠させたという認識があったのかどうかも、私にはあやふやなのよ」
「レイプなら、Xは、ただの通りすがりかもしれませんから、そんなことは1ミリも考えないでしょうし」
「さっきも言ったけれど、その可能性について、私は低いと思いたい。レイプされたにしてはMの態度が腑に落ちない。きつい言い方になるけれど、それならMはすぐ自殺したような気がするの。取材から浮き上がたMの性格からして。それについては、あなたはどう思うの? その友人のWはどう思っているのかしら?」
「その前に、最初にXだと疑われて、首吊り自殺未遂をしたハードラーの、その後について、私の知っていることをお話したいと思いますが、ご興味がありますか?」
「もちろん。私も彼の自殺未遂について、あなたがたぶん知らないネタがある。あなたの話を聞いたあとで、それについて二人で検証しましょう。では教えてちょうだい」

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