小説『虹をつかむ人 2020』第八章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 8

第八章

 半年はあっという間だった。初級(3級)研修の後も、2級、1級、上級、専級(専門コース、教官コース)など、本人の希望や適性に応じて研修が用意されている。面白いのは、ずっと3級のままでも構わないということだった。全ての捕獲師が上級を目指す必要はないし、財団自身もそれを目指すべきだとは思っていないようだ。ただし人員構成上、緩やかなピラミッド構造が望ましいため、ある一定数の上級者も常に必要ではあるらしい。
 初級研修が終わって、われわれは連絡先を交換した。それは単なる社交辞令の延長というよりも、もう少し前向きな交換だった。「友よ、また、会おう」とエールを交換するような感じだろうか。
 私は(鈴木も山田も、二人とも同じようなものだろう)山を下りてから、忙しく虹を捕獲した。うまくいくこともあれば、それほどうまくいかないこともあった。いかないときには、どのような仕事でも同じだろうが、それなりに落ち込む。時間は元に戻せないが、失敗から学ぶべきことは多い。研修中に寮長から言われたことがある。「山を下りてから、あまりにも虹を取り逃がすようでは、山に逆戻りだからな」と(冗談だと思いたい)。
 山から下りたあと、冬が始まる前。私は偶然、遺産で暮らすという鈴木を駅のホームで見かけた。奥さんと娘さん(だと思う)と一緒だった。向かいのホームにいて、私とは逆方向に向かうようだった。手を振ったり、少し大きな声を出せば、鈴木は気づいてくれたかもしない。でも私は何もしなかった。帰宅ラッシュだったこともあるが、それだけが理由ではなかった。美しい家族だったからだ。あまりにも美しくて、それで声をかけそびれた。良い意味で、金持ちの家族には見えなかった。慎ましい、微笑ましい、一つの家族。たとえるならば、雨上りの空の虹。
 山田からは一度電話がかかってきたが、生憎こちらが留守だった。春の始まりで私にとっては花粉症の辛いころ。「山田だ。ご無沙汰。また、かける」と短いメッセージが残されていた。その「また」の電話は、まだかかってこない。農業と大工と捕獲で忙しいのだろうと感心する。秋になると毎年新米が送られてくるが、それよりなにより電話はまだない。
 捕獲師になって唯一大変だと感じたのは、9時から5時の仕事ではないということだ。早朝もあれば深夜もありうるから。実際に深夜の虹予報もあった(そのときは外れて虹は架からなかった)。救急や消防のような仕事に近いが命は扱わない。正当な理由があれば出動も回避できる。それでも、いつ呼ばれてもいいように、常に準備はしている。だから酒量が目に見えて減り、今ではほとんど飲むこともない。
 雨降りが一番リラックスできる。さすがに雨天の中で虹は架からない。雨降りの時は、ギリシア神話に登場する虹の女神イリスを思う(研修の教官からの受け売りではあるけれど)。イリスは神々の使いとして虹の橋を渡って天地を行き来するらしい。特に最高位の女神ヘーラーの伝令としての役割を担う。ちなみにヘーラーは結婚・母性・貞節を司る。虹の橋と言えば、虹の橋のたもとでは、亡くなったペットが飼い主を待っている。遅れて亡くなった飼い主と、橋のたもとで再会し、虹の橋を渡って天国に行くらしい。もちろんそういうことは現実にはありえない。ありえないかもしれないが、虹を捕獲するような仕事を日々の生業にしていると、先に亡くなったペットが、遅れて亡くなる飼い主を虹の橋のたもとで待っていたとしても、別に不都合もないし、誰かの不利益になるわけでもないのだから、それはそれでいいだろうと思う。私に猫がいて、その猫が先に亡くなったら、私が来るのを待っていてほしい。きっとそうであってほしいと祈ることだろう。その祈りを否定することは、猫嫌いにすら許されてはいないと思う。
 そうやって私は年を重ねた。それ以前の私の生き方に比べれば、悪くない年の取り方だった。誰をクビにすることもなく、されることもなく、ノルマに追われることもなく、足を引っ張り合うこともなく、心身を壊すこともなく、穏やかに生きることができた。これこそが私の求めた人生だった。ミニマムな関わりの中で、心安らかで、大らかに生きること。生きるに値する人生。温もりと手ごたえのある、ささやかな時間の積み重ね。地球は回る。僕らを乗せて。悪くない人生だ。
 これもすべてムロエさんのお陰だった。そう思えば思うほど、私は裏口入学に成功した新入生の気分だった。大学生なら、そのままとっくに卒業している時間が流れた。考えないようにしたいが句点のように考えてしまう。私には捕獲師としての資格が、本当にあったのか、どうか。私が告白で語ったことは、ムロエさんの中でどのように消化されたのか。いやムロエさんではなくて、そもそも私自身の中で、どのように折り合いがつけられたのか。わかっている。私にはよくわかっている。折り合いなどは、つきようがないのだ。つくはずがない。

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