小説『虹をつかむ人 2020』第二十四章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 24

第二十四章

「Mの父親の最期に関して、その瞬間を目撃した人物から、私は話を聞いたことがあります」
「その人物は、そのとき現場、つまり駅にいたの?」
「そうです。その人物は、三年ほどその土地で暮らし、その土地の会社に勤めていました。それは本社への栄転が決まったころの夜のことです。常連だった居酒屋に、栄転の報告とその土地を離れる別れの挨拶を言いに行きました。その店で、偶然、Mの父親と再会します」
「再会? その人はMの父親を知っている人物なの? まさかハードラーじゃないわよね」
「Wです」
「またWね。WはMの墓が、その土地にあることを知っていたのかしら。だから地方勤務をしていた、とか?」
「それは知らなかったと言っていました。居酒屋にいた男がMの父親だということも、すぐには気づかなかったそうです」
「ということは、Mの父親だと気づいたから、その土地に墓があるということも知った、ということね」
「そうだと思います。居酒屋での再会がなければ、その土地にMの墓があるということは、ずっと知らないままだったと思います」
「再会した二人は、何か話したのかしら。Mについてとか」
「Wの話によれば、気づいたのはWだけで、Mの父親はWに気づかなかったようです」
「そりゃまあ、そうよね。まさかそんな所で、娘の高校の同級生に会うとは思わないし。そもそも娘の男友達なんて、男友達に限らないけど、子供の友達の顔なんか知らない方が普通だから。ちょっと聞くけど、どうしてWはMの父親の顔を知っていたのかしら?」
「WとMの二人は小中高ずっと一緒の幼馴染でしたから、お互いの家を行き来していたとしても、特に不思議ではありません。だからMの父親の顔を知っていたのでしょう」
「なるほど。WとMは幼馴染か……。先を続けて」
「Wは先に店を出たMの父親の後をつけます」
「どうして、後をつけるの? Mの父親は家に帰るだけでしょうに。話したいことがあるなら、聞きたいことがあるなら、Mの思い出話なら、居酒屋で飲みながらでも、できるんじゃないの?」
「その通りです。つまり思い出話ではなく、居酒屋では話し難い話をするための機会を得るために、後をつけたわけです」
「と、Wが言っているのかしら」
「いいえ。私の推測です。駅でのWの行動から逆算した私の推理です」
「駅って、あの現場の駅のこと? Wが駅でMの父親に何をしたの? まさかホームから線路に突き落としたわけじゃないわよね。あの件には、たくさんの目撃者がいたから、そんなことが真相であるわけがないんだけれど」
「もちろん突き落としていません。あれは自殺です」
「そう。遺書も何もない、突発的な自殺だったはず」
「そうです。でも、どんな自殺にも、それなりの引き金はあります。理解出来る出来ないは別にして、ですが」
「きっとね。その引き金を、Wが引いたのね?」
「そうなのでしょう。順を追って話します。よろしいですか?」
「任せるわ」
「後をつけたWは、後をつけるまではその男がMの父親である確証はなかった、と言っていましたが。つけている途中で、それが確信に変わったそうです。しばらく歩くと父親が駅に入ったので、Wも一番安い切符を買って駅に入ります。そして駅のホームのベンチで並んで列車を待ちます」
「それでもMの父親はWには気づかない」
「ええ、そうです。ただ隣に誰か男が座っている、という認識でしょう」
「Wは、そこで何をするつもりだったの? そして実際に、何をしたの?」
「特に、そのときになっても、計画のようなものはなかったようです。たぶん時間稼ぎ、というかMの父親を引き留めたかったのだと思います。これも私の憶測です。そのとき父親が乗るべき列車が近づいていましたから」
「その列車に飛び込んだのではないの?」
「いいえ。正確には違います。その列車には、乗りませんでした。乗れませんでした。Wに引き留められて。だから、その列車に飛び込むことはできません。実際に飛び込んだ列車は、あとから来た、その駅を通過する特急列車でした」
「なるほど。それから……」
「WはMの父親を引き留めるために、一枚のメモを読ませました」
「どんなメモ? それがあらかじめ用意されていたとすると、計画的な感じがするけれど。そもそも隣に座っている知らない男から渡されたメモを、素直にMの父親は読むかしら?」
「あらかじめ用意することは不可能です。二人の再会は偶然なのですから。もちろん知らない男からのメモを読ませることは難しいでしょう」
「だから、一体どんな手を使ったの?」
「Mの父親が列車に乗るためにベンチを立ったとき、Wは自分の書いたメモを父親の足元に落とします。父親自身が、何かを落としたように思わせたわけです。そして、それを拾わせた。拾ったメモをMの父親は読んだ」
「成功する確率は低いと思うけど」
「私もそう思います。でも、とりあえずMの父親の足を止めれば、次の列車まで時間は稼げます。時間が稼げたら、あとのことは、またそのとき何か考えるつもりだったのでしょう。もちろんすべて、Wならそう思ったかもしれない、という私の勝手な想像ですが」
「なるほどね。ということは、そのMの父親の落とし物に偽装したWのメモに、一体に何が書いてあったのか。それが問題ね。その紙きれには、時間稼ぎどころか、衝動的に列車に飛び込ませるだけの、強烈なインパクトがあったわけだから」
「そうです。そこに一体、何が書いてあったのか?」
「ねえ、一体何が書いてあったの?」

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