小説『虹をつかむ人 2020』第六章 Novel "The Rainbow Grabber 2020" Chapter 6

第六章

 八月、そして九月からは本物の虹の捕獲訓練が始まった。前日の天気図などを参考にして、特に雨の予報を重視しながら虹の発生の時間と地域を絞っていく。現在では一般人向けの「虹予報アプリ」があるようだが、当時はまだ存在していなかったと思う。現状のアプリには人為的にスクランブルがかけられているため、虹発見の精度がわざと落とされている。アマに先に見つけられては、プロが仕事がやりにくいから、ということは、現役の虹捕獲師なら誰でも感じていることだろう。
 その年の虹は例年に比べて多発したという。われわれの訓練には有利に働いた。われわれのチームは、二人でコンビになり(残りの一人は司令官として研究所の本部で指示を出し、不慮の事故等に備えた)、虹の両端に辿り着き、梯子を上り、必要なら跳躍して、虹をカット(捕獲)した。二カ月でトータル10の虹を捕獲し、3の虹を逃した。逃した主な理由は、虹が予想以上に早く消えたためだった。二人は慰めてくれたが、私のミスであることには変わりがなかった。私の到着が遅かったからだ。いつものように早めに着いていれば、捕獲時間は何とか確保できたはずだ。最終的な捕獲率は0.769。他のチームのことは知らないが、打率ならダントツで首位打者だったが、守備率だとゴールデングラブ賞は微妙なところだろう。
 鈴木と山田と話す機会はときどきあった。就寝前の自由時間や食事中や研修中の討議検討時間など。少なくともわれわれ三人は似ていた。と、われわれ三人は思った。たとえば、誰もが金に執着していない。物静かだ。どこか人生を静観している。なるようにしかならない、と思っているところがあった。鈴木は亡くなった親の遺産で暮らしている。慈善団体やボランティア団体に寄付をしていることから、研究所とのつながりが生まれ、捕獲師に興味を持ち、人脈を利用して推薦された、と語った。育ちの良さが滲み出るから「親の遺産で暮らしている」とあっさり言われても、偏見や嫉妬など生まれない。山田は半農半大工だと自称した。自衛隊にも短期間在籍していたという。一身上の理由で除隊した。小火器も重火器も、その気になれば戦車も扱える。たまたま引退した虹捕獲師と知り合って(その男の日本家屋を建てたそうだ)、推薦されたと言う。「戦争に行くより、虹を捕まえる方が、平和維持につながる」という言葉が妙にリアルだった。私は隠すこともないので(あの告白の件以外)私のことを話したが、彼らにとっては会社員というものが珍しいようだった。特に職安でのやり取りについては、二人とも珍しく笑った。私には何が面白いのかわからなかったが、そんなものかな、というのが、私の感想だった。私にとっては、鈴木と山田の半生の方がずいぶん面白かった。そういう彼らとこんなところで出会う人生も乙なものである。
 三人で話していたときに、ときどき話題に上っていた教官がいた。
「そうそう。伝説の捕獲師だったけ」
「いや。捕獲師じゃなくて、予報官だ。虹発見の神様だそうだ」
「そうそう。神様。必ず発生を的中させる。予報に従って発生するんじゃないかというくらい、そのくらい凄い。デジタルでも、アナログでもなくて、勘。第六感らしい。」
「捕獲師から予報官に転身したのかな」
 私は、なぜだか、その予報官には一度も会ったことがなかった。
「どうだろう。捕獲師からでも、予報官にだってラボの培養官にだって、なろうと思えば、なれるだろう。しかるべき試験をパスして、しかるべき実績を積めば、不可能ではないだろうけど」
「でも、あの予報官はもともと叩き上げの予報官だと思う。これはあくまで、噂の域を出ないけれど……」
 そう前置きして鈴木は、あとを続けた。
「研究所に来たときから、車椅子だったらしいから」
「そうなのか。だとしたら、そうかもしれないな」
 山田が当たり前のように返事をしたから、私は尋ねた。
「車椅子? その神様のような予報官は車椅子なのか」
「そうだよ。そうか。渡辺は会ったことがなかったか。確かに車椅子だけど意識しないくらい自然で」
「渡辺も会えばわかるよ。まるで生まれたときから、虹発生予報官みたいな気がするくらい」
「それは、まるで、ギフトみたいだ」
 そう私が言うと、二人は大きく頷いた。だから神様なんだ、と。

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