量子計算学習ノート - EPR実験における反相関


この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。


Bellの不等式の説明記事において、以下のような観測量の固有値が$${\pm1}$$であるといった。

$$
S \equiv I \otimes \frac{-\sigma_z - \sigma_x}{\sqrt{2}}, T \equiv I \otimes \frac{\sigma_z - \sigma_x}{\sqrt{2}}
$$

このことは自明ではないので証明しておくことにしよう。

3次元ユークリッド空間上の単位ベクトル $${v}$$ を考える。つまり$${v =  (v_1, v_2, v_3)^T\ (v_i \in \mathbb{R},\ \sum_i |v_i|^2 = 1)}$$とする。このとき次のようなエルミートオペレータ$${v \cdot \sigma}$$を考える。

$$
v \cdot \sigma \equiv v_1 \sigma_x + v_2 \sigma_y + v_3 \sigma_z
$$

このエルミートオペレータを観測量とする測定を考えれば、最初に述べた観測量の固有値の問題について考えるには十分だ。

さて、ではこのオペレータの固有値を議論しよう。 $${v_i}$$の制約から、$${v}$$は単位球面上の点を表すため、ある実数の組$${\theta, \theta' \in \mathbb{R}}$$が存在して次のように書ける。

$$
v_1 = \cos \theta' \cos \theta,\ v_2 = \cos \theta' \sin\theta,\ v_3 = \sin\theta'
$$

このことから$${v \cdot \sigma}$$は次の表現行列を持つことになる。

$$
v\cdot \sigma = \left(
\begin{matrix}
\sin\theta' & \cos\theta'\cdot e^{-i\theta} \\
\cos\theta' \cdot e^{i\theta} & -\sin\theta'
\end{matrix}
\right)
$$

では、この行列に対する固有方程式$${\det (v\cdot \sigma - \lambda I) = 0}$$を解く。

$$
\det (v\cdot \sigma - \lambda I) = \lambda^2-(\sin^2\theta' + \cos^2\theta') = \lambda^2 - 1 
$$

以上より$${v\cdot \sigma}$$の固有値$${\lambda}$$は、実は$${v}$$によらず常に$${\pm 1}$$であることがわかる。

$${v \cdot \sigma}$$の固有値が証明されたので、Bellの不等式の議論は完全なものになったが、議論したことに少し補足をする。EPR実験において、Charlieの状態の選び方がいかに巧みであったかを説明する。

Charlieは以下のような状態$${|\Psi\rang}$$にある2粒子を準備していた。

$$
|\Psi\rang = \frac{|01\rang - |10\rang}{\sqrt{2}}
$$

これはEPRペアの一つかつ、エンタングルド状態であり、歴史的背景からスピン-シングレットと呼ばれている。

この状態にある各粒子に対し、観測量$${v \cdot \sigma}$$で測定することを考える。$${v \cdot \sigma}$$はエルミートオペレータであるから、スペクトル分解することが可能だ。そこで$${1}$$の固有ベクトルを$${|a\rang}$$、$${-1}$$の固有ベクトルを$${|b\rang}$$とおく。これらを用いて$${|0\rang, |1\rang}$$を次のように表そう。

$$
|0\rang = \alpha |a\rang + \beta |b\rang,\ |1\rang = \gamma |a\rang + \delta |b\rang
$$

簡単な計算によって次を得ることができる。

$$
|\Psi\rang = \frac{|01\rang - |10\rang}{\sqrt{2}} = (\alpha\delta - \beta\gamma) \frac{|ab\rang - |ba\rang}{\sqrt{2}} 
$$

右辺の$${(\alpha \delta - \beta\gamma)}$$に着目すると、これはユニタリ行列

$$
\left(
\begin{matrix}
\alpha & \beta \\
\gamma & \delta
\end{matrix}
\right)
$$

の行列式の値になっている。行列式は固有値の積によってあらわされるため、ある実数$${\theta}$$が存在して $${\alpha\delta - \beta\gamma = e^{i\theta}}$$と書くことができる。つまり

$$
|\Psi\rang = \frac{|01\rang - |10\rang}{\sqrt{2}} = e^{i\theta} \frac{|ab\rang - |ba\rang}{\sqrt{2}} 
$$

測定においてグローバル位相は影響がないことを考慮すると、この式は本質的に$${\frac{|01\rang - |10\rang}{\sqrt{2}}}$$と$${\frac{|ab\rang - |ba\rang}{\sqrt{2}}}$$が等しい状態であることを言っている。

つまり、初期状態としてスピン-シングレットを採用すると、任意の$${v\cdot \sigma}$$の測定において、片方の測定結果がわかれば、もう片方の測定結果が確率1で明らかになる。

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