量子計算学習ノート - ノルム空間・ヒルベルト空間


この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。


複素線形空間(つまり、スカラーが複素数で定義される線形空間)を$${V}$$としよう。ノルムとは$${V}$$から実数$${\mathbb{R}}$$への写像$${||\cdot||}$$であり、以下の性質を満たすものをいう。

  1. $${||v|| \ge 0}$$で、等号成立は$${v=\bold{0}}$$のときのみ

  2. $${\alpha}$$をスカラーとし、$${||\alpha v|| = |\alpha| \cdot||v||}$$

  3. $${||v + w|| \le ||v|| + ||w||}$$

この定義は実線形空間に制限しても同様に定義できる。このことから2次元実線形空間、つまり平面を想像すると、ノルムとはベクトルの長さに対応することがわかる。ベクトルの長さの一般化がノルムなのだ。ノルムが定義されている線形空間をノルム空間という。

ところで内積空間では常にノルムを定義することができるため、内積空間はノルム空間でもある。このことを理解するために2次元実線形空間のベクトル $${v = (v_1, v_2)}$$ のノルムについて考えてみるとよい。

$$
||v|| = \sqrt{v_1^2 + v_2^2} = \sqrt{v_1v_1 + v_2v_2} = \sqrt{(v,v)}
$$

ノルムを内積を用いて表すことができた。一般的にも内積空間上のノルムはこのように定義できる。つまり内積空間$${V}$$に対して写像$${||\cdot||: V \rightarrow \mathbb{R}}$$を$${||v|| \equiv \sqrt{(v,v)}}$$と定義すると、これはノルムになる。

さて、ノルムが定義できるとこれを用いて常に距離を定義できる。距離とは何か。直感的には平面もしくは空間の2点間の長さのことをいうが、数学の世界ではこれをさらに一般化して定義されている。

集合$${X}$$上の距離とは、次の性質を満たす写像$${d: X \times X \rightarrow \mathbb{R}}$$のことだ。

  1. $${d(x,y) \ge 0}$$で、等号が成立するのは$${x=y}$$のときのみ

  2. $${d(x,y) = d(y,x)}$$

  3. $${d(x,z) \le d(x,y) + d(y,z)}$$

距離が定義されている集合を距離空間という。

ノルム空間$${V}$$に対して次のように写像$${d: V \times V \rightarrow \mathbb{R}}$$を定義すると、これは距離になる。これによりノルム空間は常に距離空間になる。

$$
d(v,w) \equiv ||v-w||
$$

以上で内積空間はノルム空間であり、距離空間でもあるのだから、内積空間上で二つの要素の距離、つまるところ近さを議論することができるようになった。距離が小さいほど二つのベクトルは近い・似通っていると言える。このことがカギとなり、ヒルベルト空間なる内積空間を定義することができる。

距離が定義され、空間上で二要素間の近さが議論できると、点列がどんどんある要素に近づく、という概念である収束を議論できるようになる(厳密には位相空間が議論できれば十分)。収束の概念を用いてヒルベルト空間は、「内積空間のあらゆる点列(厳密にはコーシー列)の収束先が自分の要素となる」内積空間として定義される。特に、「」で括った性質のことを数学の世界では完備性と呼んだりする。つまり、ヒルベルト空間は完備内積空間とでもいうことができる。

完備性の具体的なイメージは持つのが難しいが、有理数と実数を思い浮かべてもらうと一番わかりやすい。数列 $${(1,1.4,1.41, 1.414, 1.4142, \cdots)}$$は$${\sqrt{2}}$$に収束する。数列自体は有理数から成っているが、その収束先は有理数ではない。このことから有理数の集合は完備な集合ではなく、有理数全体の完備な集合として実数集合を定義できる。

なお、ここまでヒルベルト空間を定義するために頑張ってきたが、有限次元の議論をする限り複素内積空間は必ずヒルベルト空間であることが証明できる。このため量子計算を議論するうえでは、ヒルベルト空間固有の性質が必要になるケースは少ない。議論を単純化するためにこの記事群では、あえてヒルベルト空間 = 単なる内積空間として扱うことにする。

ちなみに、距離が定義できれば完備性を議論することができるため、内積が定義されていないノルム空間の完備性を議論することができる。完備ノルム空間のことをバナッハ空間という。これも固有の性質が必要になるときは少ない。自明だがヒルベルト空間はバナッハ空間でもある。

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