量子計算学習ノート - テンソル積1
この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。
この記事では複数の量子系を1つの系として扱うときに利用するテンソル積を定義する。
テンソル積を定義するために、まず双対空間という概念を導入しよう。いつも通りヒルベルト空間を$${V}$$とする。$${V}$$の双対空間$${V^*}$$とは、$${V}$$上の線形汎関数の集合のことを言う。線形汎関数とは $${f: V \to \mathbb{C}}$$のうち線形なもの、つまり、$${|v\rang, |v'\rang \in V, \lambda \in \mathbb{C}}$$に対して次が成立するような関数だ。
$$
f(|v\rang + |v'\rang) = f(|v\rang) + f(|v'\rang),\ f(\lambda |v\rang) = \lambda f(|v\rang)
$$
一見、双対空間$${V^*}$$のほうが自由度が高そうに見えるため、大元の$${V}$$よりもたくさんの元があるように見えるが、実は$${V, V^*}$$の間には一対一対応が存在する。これを裏付けるのが次のリースの表現定理である。
この定理の証明はここでは述べない。が、リースの表現定理は量子系の議論をする上で非常に重要な定理で、この定理によってヒルベルト空間に対し、その上の線形汎関数とは、ディラック表記における$${\lang v |}$$のことにほかならないことが示される。つまり、リースの表現定理は次のことを証明しているのだ。
$$
V^* = \{\lang v| : |v \rang \in V \}
$$
まさに$${V}$$と対になる空間が$${V^*}$$なのである。双対空間にも和、スカラー倍、内積が、元のヒルベルト空間のものを使って自然に定義されるため、双対空間はまたヒルベルト空間になることが容易に示せる。
では、双対空間を用いてテンソル積を定義していく。$${V, W}$$をそれぞれヒルベルト空間とする。それらの双対空間$${V^*, W^*}$$を用いて直積集合$${V^* \times W^*}$$を考える。この直積集合上の関数$${\varphi : V^* \times W^* \to \mathbb{C}}$$が次の性質を見たすとしよう。
$${\varphi((\alpha(\lang v|+\lang v'|), \lang w|)) = \alpha \varphi (\lang v|, \lang w|)+\alpha \varphi (\lang v'|, \lang w|)}$$
$${\varphi((\lang v|, \beta(\lang w|+\lang w'|))) = \beta \varphi (\lang v|, \lang w|)+\beta \varphi (\lang v|, \lang w'|)}$$
このような関数$${\varphi}$$を双線形汎関数という。また、双線形汎関数の和とスカラー倍を、通常の関数における和とスカラー倍で定義すると、双線形汎関数の集合は直ちに線形空間になることは容易に証明できる。
さて、ベクトル$${|\varphi\rang \in V, |\psi\rang \in W}$$に対し、双線形汎関数$${|\varphi\rang \otimes |\psi\rang}$$を以下のように定義する。
$$
|\varphi\rang \otimes |\psi\rang((\lang v|, \lang w|)) \equiv \lang v|\varphi\rang\lang w|\psi\rang
$$
この$${|\varphi\rang \otimes |\psi\rang}$$をベクトル$${|\varphi\rang, |\psi\rang}$$に対するテンソル積という。ベクトル同士のテンソル積は定義より、次の性質を持っている。
$${(\alpha (|\varphi\rang + |\varphi'\rang)) \otimes |\psi\rang = \alpha |\varphi\rang \otimes |\psi\rang + \alpha |\varphi'\rang \otimes |\psi\rang}$$
$${ |\varphi\rang\otimes(\beta (|\psi\rang + |\psi'\rang)) = \beta |\varphi\rang \otimes |\psi\rang + \beta |\varphi\rang \otimes |\psi'\rang}$$
ベクトルのテンソル積から張られる、双線形汎関数全体に対する部分空間を$${V \odot W}$$とおこう。これをヒルベルト空間の代数的テンソル積という。つまり代数的テンソル積は以下のように定義される。
$$
V \odot W \equiv \left\{ \sum_{i =1}^n \lambda_i |\varphi_i\rang \otimes|\psi_i\rang : n \in \mathbb{N}, \{|\varphi_i\} \subset V, \{|\psi_i\} \subset W\right\}
$$
代数的テンソル積の基底、およびCONSはそれぞれのヒルベルト空間の基底、およびCONSに対するベクトルのテンソル積であることが容易に示せる。つまり$${V, W}$$の基底およびCONSを$${\{ |v_i\rang\},\{ |w_i\rang\}}$$とすると、代数的テンソル積の基底およびCONSは$${\{ |v_i\rang \otimes |w_j\rang\}}$$となる。
代数的テンソル積は元のヒルベルト空間のCONSに対して、以下のような関数を導入すると、共役双線形によって自然に内積に拡張でき、内積空間となる。
$$
( |v_i\rang \otimes |w_j\rang, |v_k\rang \otimes |w_l\rang) \equiv \lang v_i|v_k\rang\lang w_j|w_l\rang \ (= \delta_{ik}\delta_{jl})
$$
$${V, W}$$が有限次元であれば代数的テンソル積も自然に有限次元となるため、これはヒルベルト空間となる。このため代数的テンソル積のことを本記事群ではヒルベルト空間のテンソル積として扱い、$${V \otimes W}$$と書く。テンソル積自体も再びヒルベルト空間となるため、これにより二つ以上の量子系をまとめて一つの量子系としてみなすことが可能になる。
なお、厳密には元のヒルベルト空間の少なくとも1つが無限次元の場合、代数的テンソル積は必ずしもヒルベルト空間にならないので、閉包をとったヒルベルト空間をヒルベルト空間のテンソル積とする必要がある。閉包とは点列の収束先を自分自身の空間に含んだものである。要は代数的テンソル積の完備化ヒルベルト空間を作る必要があるのだ。
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