量子計算学習ノート - 量子力学の公理1


この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。


ここからは一般の線形代数から少し離れて、量子計算を議論する上でお約束事としたい、量子力学の公理について説明する。

状態空間

任意の孤立した物理システムに関して、システムの状態空間と呼ぶ、ヒルベルト空間が存在する。システムは状態空間の単位ベクトルである状態ベクトルで完全に記述できる

状態空間の公理

これについてはここまでの議論で了解していることと思う。ここで言いたいことはあくまで先人たちの手探りと推察によって、ヒルベルト空間を利用すれば、システムを記述するのに十分だとされているのである。

時間発展

閉じた量子システムの時間発展はユニタリ変換で記述される。
つまり、時刻$${t_2}$$におけるシステムの状態$${|\psi'\rang}$$は、時刻$${t_1}$$におけるシステムの状態$${|\psi\rang}$$と、$${t_1, t_2}$$にのみ依存するユニタリオペレータ$${U}$$を用いて$${|\psi'\rang = U|\psi\rang}$$と関係づけられる

時間発展の公理

この公理の注意すべきところは閉じた量子システムを対象にしているところである。すなわちユニタリ変換で時間発展が記述される量子システムは他のシステムと相互作用していない。

そのような量子システムが存在しうるか? もちろん実際にはすべてのシステムは多少は他のシステムと相互作用する。にもかかわらず閉じているという近似がよく成り立ち、ユニタリ変換による時間発展で記述できる興味深いシステムが存在するので、量子計算においてはそのような量子システムを議論の対象にしようというのである。

さらに、原理上すべての開いた、すなわち他のシステムと相互作用する量子システムは、より大きなユニタリ変換で時間発展を記述できるシステムの一部分として記述することができることがのちにわかる。また、閉じてないシステムを記述するための手法についても後程紹介する。

ところでこの時間発展の公理は、2時点における時間発展、ひいては離散的な時間発展を記述しているにすぎないが、この公理を次のように発展させることで量子システムの時間発展を連続時間で記述することもできる。

閉じた量子システムの時間発展はシュレディンガー方程式 $${i\hbar\frac{d|\psi\rang}{dt} = H|\psi\rang}$$で記述される

時間発展の公理の一般系

ここで、$${H}$$は(閉じたシステムの)ハミルトニアンと呼ばれるエルミートオペレータである。また、$${\hbar}$$はプランク定数であり、実験により求められるが、私たちにとってはあまり重要ではなく、しばしば$${H}$$に吸収される形でハミルトニアンを定義することにより、$${\hbar = 1}$$と置くことも多い。

システムのハミルトニアンがわかれば、シュレディンガー方程式という微分方程式によって閉じたシステムの力学を完全に理解できるようになる。しかし実際は特定の物理システムのハミルトニアンを求めることは非常に難しい問題である。量子計算の文脈でこのハミルトニアンを求めることは、それを実装する物理理論の取り扱うべき詳細な問題として扱い、あえて立ち入らずに議論を展開することにする。

次の記事でユニタリオペレータを用いた離散的な時間発展が、シュレディンガー方程式を用いた連続的な時間発展の記述によってどう書き表されるかを見ていこう。

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