量子計算学習ノート - 量子力学の公理5


この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。


前回は量子系に対する一般的な観測とは何かについて説明した。この記事では観測の重要な応用である量子状態の識別について説明する。

そもそもどのようなときに「量子状態を識別できた」と言えるのだろうか。これには二者(Alice & Bob)間における次のゲームを考えるとわかりやすい。

Aliceは両者が把握している状態集合$${\{|\psi_i\rang\}_{i=1}^n}$$の中から一つの状態$${|\psi_i\rang}$$を選択して、Bobに何を選んだかは知らせずに渡す。Bobはこの状態を観測することによって、実際にAliceが選択したインデックス$${i}$$を確率1で言い当てられるか

状態識別のゲーム

従来のシステムであれば状態同士(ビットが0か1か、さいころの目がいくつか、コインの表・裏など)は観測することによって理想的な極限の下に識別可能である。理想的な極限の下といったのは観測器の精度に由来するためだ。実際にコインの状態が表だったとしても、観測器の精度が悪い(眼鏡で見る場合は眼鏡が曇っているなど)場合、あやまって裏だと判断する場合がある。このような観測器の精度による相互作用を除外、つまり観測器の精度が理想的な状況下において、状態を見誤ることが従来のシステムにおいては起こらない。

状態集合がCONSである場合においては、量子系においても従来のシステムと同様に状態を見誤ることはなく、Bobは量子状態を識別することが可能だ。このときの量子状態の識別方法について説明する。Bobは測定オペレータ集合として$${\{M_i\} = \{|\psi_i\rang \lang \psi_i|\}}$$を作る。この測定オペレータ集合を用いて$${|\psi_i\rang}$$を観測する。このときインデックス$${i}$$を言い当てる確率は$${\lang \psi_i | [(|\psi_i\rang\lang\psi_i|)^*(|\psi_i\rang \lang \psi_i |)] |\psi_i \rang = 1}$$となり、確実にBobは正解にたどり着く。

しかし、一般的な状態集合においてこれは当てはまらない。実際非直交な状態集合として$${\{|0\rang, |+\rang\}}$$が与えられたとしよう。ここで$${|+\rang = (|0\rang + |1\rang)/\sqrt{2}}$$だ。このような状態集合が与えられたとき、BobはAliceから渡された状態が$${|0\rang}$$か$${|+\rang}$$なのかを確率1で言い当てられる観測をすることはできない、つまりそのような測定オペレータ集合$${\{M_i\}}$$は存在しないことが証明できる。以降、次の非直交状態に対する識別不可能性を示す。

$${|\psi_1\rang, |\psi_2\rang}$$を互いに直交でない量子状態とする。このときこの2つの状態を識別可能な測定オペレータ集合$${\{M_i\}}$$は存在しない

非直交状態の識別不可能性

もし、そのような測定が可能であったとしよう。状態$${|\psi_1\rang}$$が用意されて観測器から測定結果$${j}$$が得られたとき、Bobの推定結果$${f(j)}$$が$${1}$$になる確率は1でなければならない。同様に状態$${|\psi_2\rang}$$が用意されて観測器から測定結果$${j'}$$が得られたとき、Bobの推定結果$${f(j')}$$が$${2}$$になる確率は1でなければならない。したがって、つぎの式が成立する。

$$
1 = p(f(j) = 1) = \sum_{j \in \{j: f(j) = 1\}} \lang\psi_1| M_j^*M_j |\psi_1\rang = \bigg\lang\psi_1\bigg| \sum_{j \in \{j: f(j) = 1\}}M_j^*M_j \bigg|\psi_1\bigg\rang\\
1 = p(f(j) = 2) = \sum_{j \in \{j: f(j) = 2\}} \lang\psi_2| M_j^*M_j |\psi_2\rang = \bigg\lang\psi_2\bigg| \sum_{j \in \{j: f(j) = 2\}}M_j^*M_j \bigg|\psi_2\bigg\rang
$$

以降、記述の簡易化のため$${E_i \equiv \sum_{j \in \{j: f(j) = i\}}M_j^*M_j}$$とおく。これは正のオペレータであることも断っておく。上式を整理すると

$$
1 = p(f(j) = 1) = \lang\psi_1| E_1 |\psi_1\rang\\
1 = p(f(j) = 2) = \lang\psi_2| E_2 |\psi_2\rang
$$

である。仮定より$${\sum_i E_i = I}$$なので、$${\sum_i \lang \psi_1 | E_i |\psi_1\rang = 1}$$である。$${\lang\psi_1| E_1 |\psi_1\rang = 1}$$がわかっているので$${\lang\psi_1| E_2 |\psi_1\rang = 0}$$となる。したがって$${\sqrt{E_2}|\psi_1\rang = \bold 0}$$が成立する必要がある。ここで$${|\psi_1\rang}$$とは直交した状態ベクトル$${|\varphi\rang}$$をとってきて$${|\psi_2\rang = \alpha|\psi_1\rang + \beta|\varphi\rang \ (|\alpha|^2 + |\beta|^2 = 1)}$$と表現したとする。このとき$${\lang\psi_1|\psi_2\rang \neq 0}$$だから

$$
|\alpha|^2 = |\lang\psi_1|\psi_2\rang|^2 > 0
$$

が成立する。したがって$${|\beta| < 1}$$である。

さて、$${\sqrt{E_2}|\psi_2\rang = \beta \sqrt{E_2}|\varphi\rang}$$であることから

$$
\lang\psi_2 | E_2 |\psi_2\rang = |\beta|^2 \lang\varphi|E_2 |\varphi\rang \le |\beta|^2 \sum_i \lang\varphi|E_i |\varphi\rang = |\beta|^2 < 1
$$

となって、$${\lang\psi_2 | E_2 |\psi_2\rang = 1}$$に矛盾する。

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