女性のハイカルチャー志向(test)

日本のブルデュー研究者の論稿を編集した『文化の権力』所収、片岡栄美氏の『「大衆文化社会」の文化的再生産――階層再生産、文化的再生産とジェンダー構造のリンケージ』(2003)を読解したので、その記録を残す。著者は関東学院大学文学部現代社会学科教授で、専攻は階層・移動研究、教育社会学であり、東大出版会の『社会階層のポストモダン』にも「文化資本と階層再生産」をテーマにした別の論稿が収録されている

日本は文化的に平等か?

 まず、片岡氏は一般論として未だに信じられている「日本は文化的に平等な国」という神話に、以下のような本質的な問いを用意する。「文化的平等神話はなぜ広がり、文化的再生産はなぜ隠蔽されるのか?」。これには少なくとも以下の三つの理由が考えられる。一つ目は、日本の場合、男性学歴エリートがイコール「文化貴族」ではない、という見方である。二つ目は、現代社会に広く「大衆文化」が広がっており、文化格差など蜃気楼に包まれている、という見方である。そして片岡氏が本論で最も重視するのが、三つ目の「文化消費のジェンダー・バイアス」の問題である。
 以下のテクストは、現代における「ノブレス・オブリーシュ(貴族であることの義務)」とは何かを深く考察する上でも我々にとって極めて有益である。

…日本の調査から判ることは、相対的に女性はハイカルチャー志向が強く、男性は大衆文化志向が強いことである。筆者は、日本の文化消費の特徴の一つとして、「文化の機能や社会的意味が、男性と女性で異なる」ことを明らかにしてきた。特に家庭文化に恵まれて育った女性ほど、成人後も文化的となってハイカルチャーに参加し、文化資本を蓄積するだけでなく、高学歴を得て、更に婚姻においても優位な状況にある。つまり女性の文化資本は階層と強い結びつきを示し再生産されるだけでなく、婚姻を通じて高い経済的資本へと変換されていた。しかし男性では、家庭の相続文化資本が様々なライフチャンスで効果を発揮するというメカニズムは見出せなかった。このようにジェンダーによって、文化資本の働きが異なるのは何故だろうか。(p103)


 片岡氏の調査報告から判ることは、女性の方が文化資本の獲得において卓越化しようとする志向性が男性よりもはるかに高いという事実である。後に明らかになるように、その理由は女性の「結婚戦略」が「文化資本の多寡」と分ち難く結び付いているからであるが、ひとまずこの段階で可視化されるのは、ジェンダーによって階層再生産と文化的再生産が「分業」されているという社会構造である。
 男性がなぜ大衆文化志向が強いのかについて、片岡氏は「文化的オムニボア」というカテゴリーを導入している。それは具体的には以下のように説明されている。

大衆文化が強い日本社会において、多くのホワイトカラー(管理職・専門職・事務職)は、文化的オムニボアとなっている。文化的オムニボアとは、ハイカルチャーも大衆文化にも両方に関与する文化的雑種性を特徴とする人々を指している。言い換えれば、文化的に多面的で、多様な文化に理解を示す文化的寛容性を特徴としている。広い文化的知識を持つ文化的オムニボアは、多様な社会場面で状況に応じて使い分けを行い、自分たち以外の階層集団や社会集団とも交渉したり相互交流することができる。社会のグローバル化が生み出した典型的な中流階級の価値観を表しているともいえよう。(p104-105)


 ここで片岡氏は、「文化的オムニボア」の特徴を述べている。日本のような広く大衆文化が浸透した島国において、特にホワイトカラーに代表されるような成人男性の多くが、「文化的雑種性」を示しているが、これが「文化的オムニボア」の主たる特徴である。彼らは実に日本の成人男性の半数(54.0%)に相当する。文化的オムニボアは特に若年層に多く、とりわけ高学歴男性やホワイトカラー層で顕著に見出される。そして片岡氏はこの雑種性を「寛容性」として半ば肯定的に解釈している。文化的に寛容であることは、例えば営業職で様々な趣味を持つ取引先の社員たちとコミュニケーションを図る上で重要な「社会関係資本」であると言えるだろう。
 因みに、文化的オムニボアの内、「大衆文化」には見向きもしない、いわゆる「文化貴族」(ハイカルチャー・ユニボア)は本論の調査時点で1・9%と、極めて低い数値を示している。ここで言う「ハイカルチャー(文化威信の高い文化活動群)」とは、例えば「クラシック音楽のコンサートに行く」、「美術館や博物館に行く」、「歌舞伎や能や文楽を観に行く」、「華道・茶道・書道をする」、「短歌や俳句を作る」の五項目として、片岡氏が作成した本論中の資料「文化消費パターン」に組み込まれている。続いて「中間文化」とは、「ゴルフ・スキー・テニスをする」、「小説や歴史の本を読む」の二項目である。最後に「大衆文化」とは、「カラオケをする」、「パチンコをする」、「スポーツ新聞や女性週刊誌を読む」の三項目で構成されている。片岡氏は、日本の成人男性の多くが上記で挙げたような「大衆文化」と「ハイカルチャー」の消費を雑種的に行っていると述べているわけである。


つづく

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