夢の新磁石 L1₀-FeNi磁石, part 4
このシリーズでは、ネオジム磁石の圧倒的地位を奪う新しい磁石、その候補のL1₀-FeNiを紹介してきました。前回では、L1₀-FeNiを合成するための様々な試みについて述べました。本稿では、2017年に(株)デンソー、東北大が発表したNITE法という、今現在もっとも有望な合成手法について、その課題(と思われる点)について述べたいと思います。最終回です。
(以下、磁力を出しやすい、という怪しい表現を使っています。わかる方は磁気モーメントが向きやすい、などと読み替えてください)
NITE法について
NITE法(Nitrogen Insertion Topotactic Extraction)は、FeNiナノ粒子をいちど窒素と化合(Nitrogen Insertion)させ、Fe, Niが規則正しく配置する化合物FeNiNに変化させた後、その配置を保ったまま窒素を抜き去る(Topotactic Extraction)ことで規則的なL1₀-FeNiを作製する手法でした。
NITE法は、L1₀-FeNiの作製における、L1₀-FeNiが比較的低温で分解してしまうという大きな課題を、FeNi"ナノ粒子"を用いること、窒素を使って規則的配置にすること、という二つの工夫で解決しています。この二つはL1₀-FeNiを作製するのに欠かせない工夫なのですが、バルク(かたまり)としての磁石を作製するには、前者のナノ粒子を用いるという点が大きな障壁となります。
良いバルク磁石として満たすべき条件を挙げながら、NITE法でのL1₀-FeNiを評価していきましょう。
しっかりと密に固められていること
ネオジム磁石でも、フェライト磁石でも、粉体をただ押し固めただけでは良い磁石にはなりません。指で押しただけで崩れてしまうようでは、高速で回転して強い遠心力がかかったり、周囲の磁性材料が磁力で伸び縮みすることで応力がかかったりするモーター内部では全く使うことができないでしょう。
ネオジム磁石においては、粉末を押し固めた後に1000℃程度で加熱することで焼き固める、焼結という方法を用いたり、粉体に熱硬化させる樹脂を混ぜて固める方法を用いたりしています。前者の方法で作製した磁石を焼結磁石、後者の樹脂を用いた磁石をボンド磁石と呼びます。こうして粒子と粒子の間を強く繋ぎ止めることで、モーターに使える強度を確保しています。さて、L1₀-FeNiナノ粒子ではどうしたら良いのでしょう?
焼結は、細かい粒子の粒子表面の反応を利用することで、融点のおよそ半分の温度で粉体を焼き固めることができる手法です。ですからL1₀-FeNiを焼結させるには、その融点〜1400℃の半分である700℃で加熱すれば良いことになりますが、700℃は分解温度をはるかに超える温度であり、焼き固めた後にはL1₀-FeNiは残っていないでしょう。つまり、通常の焼結手法ではL1₀-FeNiバルク磁石を作ることはできません。なお、SPS(Spark Plasma Sintering)など、焼結時間をごく短時間に抑えることで、分解を最小限に止めようとする特殊な焼結手法がさまざま提案されていますが、現在では生産性や安定性の点でまだまだ検討段階であると言わざるをえないでしょう。こうした難焼結性というのは、L1₀-FeNi以外の、不安定物質が多数を占める新規磁石候補の材料たちにとって頻繁に現れる課題でもあります。(Sm₂Fe₁₇N₃や、α''-Fe₁₆N₂など)
では樹脂で固めてしまえばいいのでしょうか? こちらにも難しい点があります。
樹脂が粒子と粒子を繋ぎ止めるためには、当然ですが、粒子の表面には樹脂が存在し、もう一方の樹脂で覆われた粒子と接触する必要があります。表面を樹脂で覆う必要があるわけですが、ここでナノ粒子であることが大きな障害になります。
ナノ粒子はその名の通り、ナノサイズの粒子であり、体積の大きさに比べて表面積がべらぼうに大きいです。実際に簡単な計算をして確かめて見ましょう。粒子を綺麗な球形と仮定しましょう。NITE法で報告されていた粒子のサイズは直径90 nmでしたから、その体積は4/3 x pi x 45³ ~ 380000 nm³ となります。この球に10 nmの樹脂膜をつけたとしましょう。その場合の樹脂膜の体積は、4/3 x pi x (45 + 5)³ - (4/3 x pi x 45³)~ 140000 nm³と、粒子の体積のおよそ4割もの大きさをもつことになるのです。これでは樹脂でくっつけるためだけに、全体の体積の3割もが樹脂になってしまいます。(ちなみにネオジム磁石の場合、典型的な粒子サイズは数マイクロメートル。上記の10 nm膜を3 um粒子に被着させた場合、樹脂膜の体積は粒子の1 %程度)
樹脂を用いることで固めるボンド磁石には、樹脂の柔らかさによる形状の自由度や加工の容易性など良い点があります。一方、ボンド磁石全体の性能(磁力)は、粒子と粒子の間に磁力を持たない樹脂が存在することで、樹脂を用いずに固めた焼結磁石に比べて劣ってしまいます。上で見たように、ナノ粒子を樹脂で固めるには、マイクロサイズの粒子を固めるよりも、とてつもない量の樹脂が必要となってしまいます。ですからナノ粒子粉末のボンド磁石は、磁気特性が極めて劣ったものとなってしまうでしょう。ネオジム磁石に匹敵する性能を得るには、ボンド磁石ではだめなのです。
結晶の向きがそろっていること
ネオジム(異方性)磁石の作り方においては、磁場中成形という特殊な工程が行われます。これは、粉体を固める際に磁場をかけながら圧力をかけるという工程で、粉体中の粒子の向きを揃えるという目的のために行っています。
磁石を構成する粒子には、磁力を出しやすい(結晶の)向きがあり、磁石に磁場がかかっていない状態では、それぞれ粒子はその向きにしたがって磁力を出します。つまり磁石中の粒子の(結晶の)向きが揃っていれば、磁石全体で一方向に強い磁力を、揃っていなければ、バラバラな方向に平均的な磁力を出すことになります。一般に高性能な磁石が欲しければ、粒子の向きは揃える必要があるのです。
NITE法で作製した粒子を見ますと(上図(c))、ナノ粒子同士が表面の一部で融着(ネッキング)しています。この様子はナノ粒子を熱処理した時によく見られる状態です。ネッキングを起こしてしまうと、粒子は、その結晶の向きに関係なく融着しあってしまいます。このような粒子を磁場中成形したところで、すべての粒子が同じ方向を向くということはないでしょう。ネッキングを解消するために、粒子の外から力を加えて粉砕する手もありますが、かかるエネルギーを抑えてL1₀-FeNiの分解を防ぎつつ、綺麗に粉砕するのは至難の技です。また、FeNiは金属で柔らかいため、ネッキング部で粒子が二つに別れてくれるより前に、押しつぶされて平らな粒子になってしまうかもしれません。
最後に
NITE法は、初めて粉体という形でかなりの純度のL1₀-FeNiの生成に成功し、多くの磁石特性計測を可能にしました。そうしてL1₀-FeNiの、磁石としての素晴らしいポテンシャルを明らかにしました。しかしながらこれまで述べてきたように、NITE法からの直接の磁石化には高い障壁があります。この障壁を超えるには、非従来式の焼結手法の開発が必要ですし、またNITE法の熱処理時にはネッキングが起こらないような工夫、もしくはネッキングの洗練された解消方法が必要でしょう。もしかしたら、NITE法より優れた手法によって障壁を迂回する手もあるかもしれません。
ここまででL1₀-FeNiの紹介を終わりにします。次はさらに夢のある(夢しかない)新しい磁石材料、α''-Fe₁₆N₂(通称窒化鉄)について取り上げたいと思います。
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