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夢の新磁石 L1₀-FeNi磁石, part 3

 L1₀-FeNi磁石についての紹介記事のつづきです。前回では、L1₀-FeNiの発見の経緯とその作製の困難さについて書きました。本記事では、現実的な手法でL1₀-FeNiを再現するため、提案された手法について時系列的に雑にどんどん紹介していきます。長いです。

 最初にL1₀-FeNiについて報告した1964年のL. Néel, J. Pauleveらの論文のサイトに行き、引用している論文の一覧をみると、もう、ずっと、隕石やら相同定やらの論文が続き、40年間は中性子や電子をぶつける以外での合成がなされなかったのがわかります。ようやく中性子暴露以外の方法で合成がなされたのは、21世紀に入ってからでした。

NiFe₂O₄ナノ粒子の還元

 2003年マサチューセッツ大のE.Lima Jrらは、化学的に合成した10ナノメートルオーダーのNiFe₂O₄ナノ粒子を水素雰囲気で還元させることで、(たぶん)初めてL1₀-FeNiを合成しました。生成物のおよそ20%ほどがL1₀-FeNiであり、酸を用いて他の生成物(α-Fe)を取り除くことで、70%程度までその構成比率を高めることに成功。磁化の温度変化からキュリー温度(強磁性-常磁性転移温度)が約560℃であることを確認しました。
 ナノ粒子であることにより、低温でも粒子全体を還元できたことが生成の成功の理由でしょう。FeとNiが酸素を介することで整列し、その状態から、そこそこマイルドに酸素を取り除くことができたために合成ができたのだと思います。ただ論文中には、何故できたのかの説明はありません。この手法は、後で紹介する(株)デンソーらのNITE法によく似ているのですが、なぜか、NITE法の発表論文で引用されていません。たぶんただのミスです。インパクトが薄れるから、とかではないと思います。

単原子層の連続成膜による合成

 2006年、東北学院大、東北大のT. Shimaらは、MgO基板上にFeとNiを一層ずつ蒸着させることにより、Fe, Niが交互に表れる構造をとるL1₀-FeNiを合成することを試みました。そして成膜時の基板温度を200-260℃に調整することで、確かにL1₀-FeNiが合成できることを示しました。また作製したFeNi膜について磁気トルクの測定を行っており、確かに磁気異方性があること(=磁石として使えること)を示しています。
 この手法は、もちろん磁石としての製法には向いていません。しかしながら極めて直接的にL1₀-FeNiを合成できており、薄膜技術の凄さを感じさせます。また生成できる温度”範囲”を示せている点も良いポイントだと思います。

格子欠陥の機械的導入

 一番初めにL1₀-FeNiを合成することができた中性子照射実験では、中性子がFeかNiの原子にぶつかることで、むりやり原子を移動させて格子欠陥(結晶中の原子の欠落)を作り、300℃では極めて稀な原子の移動イベントを促進させていました。つまり格子欠陥があれば、原子の移動を低温でも起こすことができます。S. Leeらは、HPT(High Pressure Torsion)という手法でFeNi合金(もしくは混合ナノ粒子粉末)を力づくでこねこねして格子欠陥を大量に導入し、数日の間、300℃に置いておくことでL1₀-FeNiの合成に成功しました。(下画像は、AlCu合金についてのHPTプロセスの写真、AlとCuの金属を並べて上下から高圧をかけながら回転し、機械的にむりやりこねこねしている)
 この手法も、バッチ式であることとか、高圧をかけ続けないといけないこと(この報告では6 GPaをかけながら10~100回転分こねたようです)、またL1₀-FeNiの生成比率が高くない(なさそうな)点で、量産化には大きな隔たりがあります。ただ、力づく感がメチャかっこいいですね!

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 なお合金化と格子欠陥の導入を、FeとNiの粉末を液体中でかき混ぜながら同時に行う、メカニカルアロイングの手法でも試みられたようですが、上手くいかなかったようです。

アモルファス状態からの遷移

 原子が低温でも動けばいいんだ、という点ではこの手法も同様でしょう。2015年に東北大のA. Makinoらは、かなり工業的に可能な手法でL1₀-FeNiを生成させることに成功します。(当時このプレスリリースを見て、は〜、かしこいな〜、と思った記憶があります)
 彼らはFeNi合金に添加物を加え、融液状態から急冷させることで、アモルファス(結晶のような規則的な原子配置を取らない状態)のFeNi合金を作製しました。このアモルファスFeNiを、288時間、400℃で保持し、結晶化させることでL1₀-FeNiを作製することに成功します。上の機械的手法では、結晶化している合金を力づくでグチャグチャにしたわけですが、本手法は液体状態から急冷することによって、最初から原子がぐちゃぐちゃに配置するアモルファス状態をつくり出しています。
 融液の急冷は工業的にすでに行われている手法であり、確かに本手法でL1₀-FeNiができたことはこれまでとは一段先の進展と言えるでしょう。しかしながら、FeNiを現実的な急冷速度でアモルファス状態にするためには、かなりの添加物が必要であることも同時にわかってしまいました。本論文では、原子比率で16 %もの添加元素が加えられています。そのために磁化は低くなり、また結晶の乱れによる磁気異方性(磁石的性質)も低下してしまうことが容易に予想できます。アモルファス形成のための添加物を減らす検討は、軟磁性材料の開発で行われていますが、困難な道に見えてしまいます。
 なお本論文での、アモルファス形成のための添加物のひとつにP(リン)を加えたが、リンはL1₀-FeNiが天然に発見された隕石にも含まれており、隕石でもこの手法、つまりアモルファス→L1₀-FeNi結晶のルートをたどったのではないか、という考察はとても面白いです。

本命!? 窒化→脱窒化の適用、NITE法

 さて、ようやくここまできました。
 2017年10月、(株)デンソー、東北大、筑波大らによるプレスリリースが磁石業界を揺らします。日刊工業新聞の記事では、製造方法が”シンプルで工業生産に向く”の文字。open accessの論文を読み、彼らの提案するNITE法の発想に脱帽し、磁化曲線の綺麗さにため息をつきました。(かなり大袈裟に書いていますが、、あと当時は一番上の酸化→還元の手法は知りませんでした)
 彼らが提案したNITE(Nitrogen Insertion and Topotactic Extraction)法はこうです。まずFeNIナノ粒子を用意し、窒化(窒素と化合)させ、FeNi → FeNiNと変化させます。このFeNiNはL1₀-FeNiのように完全にFeとNiが交互に並ぶ規則的な構造を必ずとります。こうして完全に規則化したFeNi+Nを作った後、水素雰囲気下、250℃で加熱することによって窒素を、その構造を保ったまま取り除くのです(これをトポタクティック脱離というそうです)。もちろん脱窒素の際にある程度は結晶が乱れてしまうため、完全に規則構造がそのままというわけではありませんが、なんと生成物の70 %近くがL1₀-FeNiとして残ります。この比率は明らかに今までの手法より格段に優れていることを示しているでしょう。
 また、あらゆる磁気特性をきちんと測定しており、高温での磁化、保磁力(磁石としての性質を保つ強さ)という磁石として使うためには欠かせない情報も取得されています。そして一番の朗報が、L1₀-FeNiが300 ℃を超える高温でも磁石のままでいられる、ということでした。これでレアアースフリーL1₀-FeNi”磁石”という言葉が一気に現実味を帯びてきました。また、2021年現在でも、これを超える手法はありません。

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 と、まあ、一見そうなのですが、まだまだ課題が山積みです。

終わりに

 今回、ただひたすらにL1₀-FeNiに関する製造法を紹介しました。だいたいこれで内容的には全てです。次回最終回、NITE法の課題について、だらだらと書いていくことにします。

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