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『岡田睦 作品集』

2022年7月の読書『岡田睦 作品集』(2021年11月 宮内書房)
行方不明の私小説家・岡田睦の単行本未収録作品集です。


 岡田睦という作家を知ったのは、『本の雑誌』2015年12月号の、「太宰よりもすんごい人間失格作家はいっぱいいるぞ」という特集、「西村賢太と坪内祐三が選ぶ太宰よりすごいダメ人間作家コンテスト」でだった。

 1932年生まれだが、2010年以降消息不明だとかで、ビジネス「くず」だのビジネス「ダメ人間」だのではない、笑っていられないリアルさがある。
 慶応まで出ているのに。いや、関係ないか。
 いや、関係あるか、だからなおさらリアルなのか。

 気になって当時図書館で短編集『明日なき身』を読んでみたが、血肉の通った読み応えがあった。生活に困窮し生活保護を受け、暖を取るのにティッシュを燃やしてボヤを出し、施設に入って、、、という全く笑えない日常にしかし悲壮感がないのは、この人が書き続けていたというその一点に尽きるだろう。


 『作品集』のほうはネットで知って、京都の本屋で扱いがあると聞いて買いに行った。そこへ通っていた若い人が岡田のファンで、編んだものだそうだ。

 そうだ。その編者が池田得太郎というこれまた行方の知れない作家の本も編集・出版しようとしていて、西村賢太が『雨滴は続く』中(388ページ)でこの池田徳太郎について触れていたことをツイートしていたので、それで知ったのだ。

まだ存命だと思われる「家畜小屋」の作者、池田得太郎にしたところで、たった一作のみでバカな編輯者に好かれて重用されているだけの、現今の吹けば飛ぶようなどの小説家よりも、後世の文学通の間では必ず読み継がれる存在となり得ている。

『雨滴は続く』西村賢太(2022)

 手に取ってパラパラめくると、作品のあとに「岡田睦の弟子・藤口稔氏 聞き書き」というのがあって、この「聞き書き」という語にピンと来たのは、西村賢太の自費出版『田中英光私研究』にも「聞き書き」があり、田中英光の生前を知る人物にインタビューしているからだ。
 もしかしてこの編者も、『雨滴は続く』を読んでいることだし、『田中英光 私研究』を読んでいるのではないかしら。

 それはさておき、集中一作目の「雑木林」(『群像』1995年10月号)だ。

 妻がその母を看るので東北の実家へ帰省したまま戻ってこない。帰省前、長くなるかもしれないと言う妻に「いいとも」と言ったものの、

一人で暮らすのは不本意だった。必要最小限度の家事はやらねばなるまい。何かと不便だが、経済的に非力なので、口には出せなかった。そうして、ワガママなのを怺(こら)えていることに思いやってもらいたかった。が、相手にその気遣いはないと見てとれた。それを根にもった。

 「ワガママを我慢してるのに、褒めてくれない!」というわけである。
 「知らんがな」である。
 妻にしてみれば、褒めるも何も、そもそも岡田がそんなワガママをふとこっていることすら、思い至らないのだ。

 岡田は自分がなぜ不機嫌なのか、よく分かっている。
 自分が筋の通らない根をもってお門違いに妻を恨んでいることを、自身で知っている。この直後にも「おれは不自由を忍んでお前を行かせてやるんだという了見が抑えられなかった」とも。
 自分に無理があるとここまで分かっていながらも感情のほうは抑えられない、その哀しい可笑しさが上手く書かれていると思う。

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