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[#19] おいおい、オレはまだまだ不安だぞ

初出: MacPower 2002年 1月号

今回は、先月号の本誌特集「Xに脅える10人の男たち」について。まぁ、本連載の読者はおわかりのとおり、オレなんてこの10人のうちの1人なんだろうから、気になってちゃんと読んでみたんだけど・・・・。ちょっと釈然としない部分があったので、それについて書いてみよう。

わがままなオレでも、さすがにOS Xはイヤだなどと言っていられない状況になっている。来年はそろそろ、OS Xでしか動かないMacが出始めるだろうし、いまの機種を使い続けるにしてもMac OS 9のアップデートはもうほとんど行われないと思う。そんな状況なんだから、雑誌というパブリックな立場では新しいOSへの移行を促進する記事を載せざるを得ないだろう。これは、決して責めるべきことではない。

OS Xに移行しようとしているのはそもそもアップル自身なんだし、だれが何と言おうと彼らに従うことになる。古いOSはなくなるのだ。そうなるとユーザーは、イヤでも新しいOSと向き合わなくてはならない。先月号の特集は、そんな状況を少しでもよくするために移行ムードを高めて、ユーザーや開発者を盛り上げる意図があったのだと思う。Mac OS 9 と一緒に心中しようなんて特集を組んだら、そりゃMacPowerだって存続できないだろう。

だから、特集記事の大半には素直に納得した。インストールの方法とか周辺機器の対応具合とか、処理速度とか。こういった点に関するユーザーの不安を解消すべく、丁寧に説明しているとも思った。モダンOSのメリットについての解説が物足りなかったけど、MacPower は技術雑誌ではないので必要十分なんだろう。モダンOSのメリットは、実際に恩恵を受けてみないとわからないもんだし。

しかし、特集記事に登場する第7の男「そうは言っても、使い勝手が悪いんでしょ?」だけは納得できない。そもそも、これだけ大事なことに2ページしか割いていないのはいただけない。OS Xの使い勝手は、特集の全ページを使っても語りきれるものではないだろうに(笑)。なので、ページ数の都合もあったと思うが、記事の内容にもちょっと納得がいかない。何かずるい感じがするのだ。

多分、論点は次の文章に集約される。「問題となるのは、ユーザーの多くが過去のMac OSにあまりにも慣れてしまい、「変化=使いにくいもの」と認識してしまっていることだ」。

しかし、この認識は当たり前ではないか。いままで慣れていたものが変化するのは、使いにくくなることなのだ。あれだけ使いにくいと感じるWindowsのインターフェースだって、急に変えられると、「あー、前のほうがよかった」と思うもんだ。まして、ここでの話はMac OSのインターフェース。OS Xで従来のMac OSからインターフェースが変化して、ユーザーが使いづらいと感じてしまうのは仕方がない。このように感じるのは悪いことではないのだ。

続いて、特集記事では次のようなことが述べられている。ユーザーは見逃しているが、これまでのOSから変わったことによってOS Xには多くの便利な機能がある。新しい使いやすさになじもう。なるほど、これだけ鳴り物入りで登場したOS Xなのだから、使いこなせば実はMac OS 9よりも使いやすいということに気づくのかもしれない。新しい使い方を身につければ新しい環境に慣れることができて、効率よくコンピューターが使える……、というわけか?うーん、ちょっと待て。

そもそも話が違う。OSが新しくなったんだし、いい機会だから変えてしまおうではなく、まず従来と同じ使い勝手を実現するのが大前提ではないのか?そのうえで新機能をさりげなく忍ばせる。新しい仕掛けに気づいたユーザーは感心する。これが新しいOSを作る正しい道ではないのか?この道こそMacらしくはないか?これ見よがしに見栄えはいいけど飽きやすい機能よりも、さりげなくてニヤリとさせられる機能にMacユーザーであることの誇りを感じるのだ。少なくともオレはそうだ。

OS XのFinderをMac OS 9のそれと同じ要領で使用することはできない。OS Xには代替えの機能は用意されているが、その機能をMac OS 9と同じように使おうにも違和感たっぷりで、昔を知っているユーザーには耐えられない中途半端な世界なのだ。

Macには独特の世界がある。アプリケーション間で統一されたインターフェースが生み出す世界だ。それは、決められた1つの仕事をこなすだけではなく、複数のソフトを使ってデータを連携させるというアプリケーションの別次元の使い方を提供する。こうした刺激は、ユーザーの発想の源になってきたのだ。Macが単なる便利さとは異なる価値観を生み出し、文房具として愛される初めてのコンピューターになれたのは、こういう背景があったからだろう。Finderは、そのMacとずっと一緒に頑張ってきた大事な大事なシステムの一部だ。そして、Mac OS 9まで進化しながらも、初代のFinderと同じ使い勝手を提供し続けてきた。だからこそ、OS Xによる新しい使い方の一方的な押しつけには絶対に納得できないのだ。

先月号の特集でも触れられていなかったことだが、最近ようやく気がついたことがある。なんでオレは、OS Xにここまで抵抗しているのか。冷静に考えてみて、根本的な思想のギャップなんだろうなという気がする。前から漠然と頭にはあったんだけど、最近ようやく言葉にできるぐらいに考えがまとまってきた。この辺りについて、来月もう1回OS Xの話をしよう。批判ばかりじゃ先に進まないのはわかっているが、もう一度だけ勘弁してほしい。すんません。

バスケ(http://www.saryo.org/basuke/) 
シエスタウェア代表取締役「iPod」を発売初日にビックカメラでゲット!大満足。ハードディスクとしてなんか使わない。ただただMP3プレーヤーだ。さぁ、みんな、iPodでコケコケ踊ろー。それから最近、「iTunes」の出来のよさに感心しています。細かいところは、さすがアップルのソフトウェアという気配り。しかし、Macらしいインターフェースから激しく逸脱しているせいで、イライラさせられることもある。うーん、ゆれる男心。話は変わって、最近、新しいかたちのコミュニティーを目指す「関心空間」というWebサイトに関わっています。アクセスしてみてください(http://www.kanshin.com/)。

編集・三村晋一

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