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[#9] OSはどこに行った!

初出: MacPower 2001年 3月号

サンフランシスコで開催されたMacworld Expoに、今年も行ってきた。新しく発表された製品も多かったが、オレが注目したいのはアプリケーション路線の強化だ。この点についてMac OS Xとの絡みから考えてみる。

今回発表されたアプリケーションは、MP3再生ソフトの「iTunes」/ DVDオーサリングソフトの「iDVD」/ プロ向けのDVDオーサリングツール「DVD Studio Pro」だ。これらに加えて既存の「iMovie」や「QuickTime Player」、「Final Cut Pro」は、さすがにアップルブランドというだけあって他社のアプリケーションにはない工夫や遊び心が随所にちりばめられている。iTunesはサードパーティーのMP3再生ソフトである「SoundJam MP」をベースに開発されたが、インターフェースはそれに比べてかなりすっきりと仕上がっている。

実用的なアプリケーションがマシンに付属することは、ユーザーがMacを買ってきてすぐに楽しめるというメリットがある。特に「Power Mac G4」に付属のiDVDと「SuperDrive [*1]」の組み合わせは、最強の環境を簡単に手に入れられる。これまでのアップルには、マシンにいろいろな新しいデバイスを載せても、あまり積極的にサポートしていない印象があった。だが、今回のソフト側の対応は素晴らしい。「デジタルハブ」構想の今後にも期待が持てそうだ。

しかし、同様のアプリケーション路線を実行し続けているメーカーがある。ソニーだ。同社の「VAIO」シリーズはスッキリしたデザインで人気があり、今回の基調講演でも「PowerBook G4」との比較でセクシーという形容とともにさんざん登場した。

だかVAIOは、デザイン面で優れているだけではないのだ。新しいハードウェアとそれを使いこなすための豊富なアプリケーションを用意していることを見逃してはいけない。例えば、「VAIO C1」はデジタルカメラを装備し、それを使って遊べるソフトがたくさん付属している。さらにTVチューナー機能を搭載するデスクトップマシンでは、「インターネットTVガイド」にアクセスして番組の録画予約が手軽に行える。FireWireのソニー版であるi.Linkに関しては、単にDVカメラを接続してビデオ編集ができるだけではない。i.Linkポートを利用して、VAIO同士をネットワーク接続するソフトも用意しているのだ。

VAIO用の周辺機器を豊富に取りそろえている点も、家電メーカーであるソニーの強みだ。メモリースティック用のスロットはVAIOをはじめ、デジタルカメラやDVカメラ、ボイスレコーダーなどが装備している。最近では、携帯電話までも備えているのだ。ソニーが歩んできたこのような路線は、まさにアップルが提唱したデジタルハブの先駆けと言える。アップルがソニーの戦略からヒントを得ていることは間違いないだろう。

オレは、別にこの点を責めようとしているのではない。アップルらしく解釈したものを世に出せばいいのだし、新しい解釈が加わっている限りそれは進化だ。だが、両社の戦略には共通して感じる不安がある。つまりそれは、「OSの不在」ということだ。ユーザーの視界からOSの存在をわざと隠しているように見えるのだ。例えばマシンに付属するアプリケーションの外観を見ればわかるとおり、OS標準のパーツを使っていない。ウィンドウはもちろん、ボタンからスクロールバーに至るまで標準を無視しているのだ。

ソニーの場合は確信犯的にやっているのだろう。数年前にソニーが自社のパソコン用のOSとしてWindowsを選んだと聞いたとき、オレは「似合わねえよなあ」と思った。いま思えば、最初からWindowsというOSの存在は無視して独自の世界を作るつもりだったという気がする。そして、そのもくろみは成功しているように見える。VAIOの機能を使っている限りは、Windows上で使用するのは「スタート」メニューだけだ。

一方のアップルの場合はどうか。自社で開発しているOSを無視することで、何が得られるのだろうか?Macでは「Human Interface Guidelines [*2]」に従ってソフトを作ることがこれまでの常識だった。このガイドラインを守ることにより、インターフェースはアプリケーション間で統一され、ユーザーを安心させることができる。だから、ガイドラインから外れるアプリケーションにはそれなりの理由が必要なのだ。しかし「i」シリーズのソフトをはじめ、QuickTime PlayerやSherlock 2では、アップル自らがインターフェースを乱している。「次期OSであるMac OS Xへのすみやかな移行を目指す」。これは理由にならない。既存のMac OSユーザーに迷惑をかける愚行をなぜ犯すのか?

ひょっとすると、現行のMac OSとMac OS Xのユーザーインターフェースの本質的な違いからユーザーの目を遠ざける狙いがあるのではないか。これまでのMac OSとAquaでは、ユーザーの操作感は大きく異なる。その違いを意識させないために、アプリケーションを前面に押し出しているのではないか。例えばiMovieを使っているかぎり、「Mac OSでもAquaでもユーザーには関係ないじゃん」といった具合に。

しかしこれは、「Microsoft Excel」やWebブラウザーではMac OSもWindowsも関係ないということと同じだ。OSの存在をアップル自らが軽んじていけば、最終的には「OSなんていらないじゃん」というOSの否定につながる危険性がある。OSの移行時期であるいまだからこそ、ユーザーの混乱を避けるためにそれぞれのOSのガイドラインを順守する必要があるのだ。そうすれば、見た目がどんなに変わっていてもユーザーは安心して異なるOSを使うことができる。いまのアップルに一番大切なのは、ユーザーを安心させることなのだ。

バスケ
シエスタウェア代表取締役。PowerBook G4を手に入れようとしたが、日本のApple Storeでは英語キーボードを選択できない。米国のApple Storeで注文して知人宅に送ってもらおうと試したが、日本のクレジットカードでは受け付けてくれない。うーん、くそー。日本でも英語キーボードを買えるようにしてくれー。

[*1] SuperDrive - CD-RW兼DVD-Rドライブのこと。今回発表されたPowerMac G4の最上位機種に搭載される。
[*2] Human Interface Guidelines - アップル社が開発者向けに配布している。OSやアプリケーションのインターフェースデザインに関する標準を記した文書。

編集・三村晋一


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