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[#22] 本来の役目を忘れたFinder

初出: MacPower 2002年 4月号

いきなりで何だが、OS Xには納得できない部分が多々ある。例えば、Aquaインターフェースの表示速度が遅いとか、PCカードの通信環境はいまだに全滅だとか、Classic環境とのコピーやペーストがうまくいかないなどなど。でも、こうした問題は機能上の不具合であり、アップルが本気になればすぐに直せるものだろう[*1]。

しかし、もっと奥が深い問題も存在している。それらは設計思想にかかわるものであり、OS X が Macintoshであり続けられるかという重要な問題もはらんでいる。本連載でも、こうしたテーマに基づいて文句を言ってきたつもりだ。その問題の最たるものがFinderである。

ちょっと触れればわかると思うが、OS XのFinderは昔のFinderに比べて出来が悪い。これは「変わった」こととは関係なく、単純に1つのアプリケーションとして完成度が低いのだ。ユーザビリティーの面では「オイオイ、あまり深く考えてないだろう」という点が多く見受けられるし、機能の面では「とりあえず付けてみました」的な印象を受けるものもある。

いくつか例を挙げてみよう。リスト表示でスクロールした位置を覚えてくれない。カラム表示では、ファイルを更新日順にソートできない。ファイルをコピーしている最中にエラーが起きた際の、ユーザーへのフィードバックが弱い。ファイルの名前を変えるのが面倒くさい。整列したアイコンの間隔が妙に広い。「ラベル」が使えない。スレッドの扱いが下手で、全体的に処理速度が遅い。「サービス」 メニューが使えない。このまま書いていくと1ページでは足りなくなるので、この辺でやめておこう。ともかく、単なるアプリケーションとして冷静に見てもOS XのFinderの作りの悪さは明白だ。もっと真剣に開発してもらいたい。

しかし、見た目の出来の悪さに目を奪われてはいけない。冒頭で述べたとおり、こうした問題点は機能上、実装上の不具合であり、解決することは十分に可能だ。本当に問題としなければならないことは別のところにある。それを突き詰めていくと、「Finderの名を受け継いでいいのか?」というまさに根本的な疑問に行き着いてしまう。

そもそも、なぜFinderはOS Xで姿を変えたのか?Aquaにしてインターフェースのデザインを変更したついでとか、ただジョブズが変えたかったからとか理由はいろいろあるかもしれないが、アップル自身が声高に主張しているメリットというものがある。それは、大容量ハードディスク時代における新しいファイル操作環境への転換ということだ。ハードディスクの容量が大きくなり、Finderで扱うファイルの数は飛躍的に増えた。たくさんのウィンドウを開くことなく、目的のフォルダーに的確にたどり着ける機能が必要というわけだ。この観点でOS XのFinderを見てみると、カラム表示の導入で確かにハードディスク全体の見通しはよくなっている。また、ツールバーのフォルダー移動ボタンのおかげで、アプリケーションのフォルダーに簡単に移動できる。

しかし、こうしたメリットの裏には犠牲になったこともある。それを端的に表しているのが、1つのフォルダーが複数の場所に現れてしまう現象だ。つまり、Finderウィンドウを2つ表示させて、それぞれのアプリケーションボタンをクリックすると、いずれもアプリケーションフォルダーを開いていることになる。従来のFinderにはなかった現象だ。

これはつまり、アイコン=ウィンドウという1対1の原則が崩れたことを意味する。これまで、Finder上に配置されているアイコンは「実体(*2)」を意味していた。コンピューターの内部でどんな状態になっているかは知らないが、ユーザーにとっては自分が目にするFinder上のアイコンは実物なのだ。さらにFinderが実現するウィンドウも、フォルダーとかディスクの中身を見せる実体として存在していた。だから、2カ所に同じフォルダが開くなどという不細工なことはあり得なかった。ウィンドウ=アイコンだったのだ。

昔のFinderでは、フォルダーやアプリケーションが開いていることを示すためにアイコンがハイライト表示になっていた。こうしたフィードバックにより、ユーザーは状況を容易に把握することができた。これも、アイコンが実体を表すという大前提があってのことなのだ。OS XのFinderがフォルダーが開いているかどうかをビジュアルに表示しないのは、先の原則が崩れたからである。しないのではなく、できないのだ。

こうして考えてみると、Finderの本来の役目というものがわかってくる。それは、「そこにあるものを開いて、中身を見せること」。簡単なことなのである。フォルダーの中身を見せる。書類はアプリケーションで開いて内容を表示する。「System」ファイルの中にはフォントが入っている。「デスクトッププリンタ」を開いたら、印刷中の書類が並んでいる。「ゴミ箱」の中をあされる。「中に何が入っているんだろう?」と思うユーザーに対して、ウィンドウに中身を表示して見せる。これがFinderの本質なのだと思う。

OS XのFinderを触っていても、どうもこの実体を扱っているという感覚が得られない。リアル感がないのだ。これは、Finderの作りがファイルシステムの階層構造というものにとらわれ過ぎてしまっているのが要因ではないか。OS XのFinderは「初めに階層構造があって、それを効率よく表示しなくてはいけない」という観点から作ったものなのだろう。

でも本当は、ファイルがどんなふうに配置されているかなんて、ユーザーにはどうでもいいことだ。そこに在るものを開き、どこかに在るものを探す。この作業にリアリティーが感じられさえすればいいのだ。OS XのFinderの最大の問題点は、このリアリティーの欠如にあるのだと思う。

バスケ(http://www.kanshin.com/basuke/)シエスタウェア代表取締役
結局、いまのFinderじゃ使い物にならないんだよね。生産効率が極端に落ちるもん。Finderを極力使わないで、処理するようにしています。で、「これじゃだめだよ」と思いまして、「自分なりのFinderでも作ってみようかなぁ」などと大それたことを考ています。

[*1] すぐに直せるものだろう - とっとと直してよね。信じてるからさ。
[*2]「実体」 - 「エイリアス」は実体ではないと言われれば、確かにそうだ。厳密な意味では整合性を欠いているが、それをうまく許容できたのもMacのいいところ。と、都合よくまとめてみる(笑)。ま、この件ついてはおいおい書きます。

編集・三村晋一

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