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『紀州の毒物事件とか母娘無理心中とか不条理な保険制度とかベーシックインカムとか』

ベーシックインカムがあればこんな不愉快な事件もそうそう起きないんじゃないかと考えたりしている。1人年間百万円として1億人で百兆円。安いか高いか。アフリカ辺りから来た人間が日本でたくさん子を産んで受給するようになるかも知れないが。
ベーシックインカムがあると保険をかける人が減って保険会社は困るのかもしれないが。

あるところに中学3年生の女の子がいた。名前は鶴子。彼女は自分の両親が障害者保険を不正受給していることを知っていた。自分に多額の生命保険が掛けられていることも。
母親はやり手の保険外交員。父親は害虫駆除の会社を経営。台所の下には害虫駆除用に猛毒のヒ素が缶に保管されていた。
父親の会社で働いていた従業員がある日突然亡くなり、父親の会社に多額の保険金が支払われた。
鶴子は次は自分だと思った。自分が保険金目当てに殺される番だと。何もかもが嫌になり精神状態は極度に不安定で不登校になった。そしてそのまま夏休みに入った。親との関係は日々悪化し殺されるのは時間の問題だと鶴子は思った。

殺らなければ自分が殺られる。

そんなある日、夏休みの地域イベントでタコ焼き大会が開かれたのだった。学校の生徒や先生や親が中心になって大勢参加するイベントで、盆踊りや花火大会など毎年盛大に行われて来たのだった。大会のメインは無料で振る舞われる手作りタコ焼きだった。鶴子はそのタコ焼きの生地に家の台所の下にあったヒ素を混ぜたのだった。

被害者数千人、死者数百人の史上稀に見る凶悪犯罪。

馬鹿山毒物タコ焼き事件として後世まで人々に語り継がれることとなった。
だが逮捕されたのは鶴子ではなく、母親の須磨子の方だった。15歳の女子中学生が犯人などとは誰も考えなかったのだ。それに須磨子には余罪があった。疑われて当然だった。
須磨子は犯行を否認し黙秘を貫いたが、死刑判決が下った。裁判には多くの歳月と税金を要した。

鶴子はしばらく養護施設に預けられることになったが、やがてそこから逃げ出して大阪で娼婦となった。
一人の気の弱い男と出会って結婚し娘を産んだ。桜子と名付けた。直ぐに離婚して別の男と再婚しその男とも娘を作った。亀子と名付けた。
そして自分の親がしたように鶴子も自分の娘に生命保険を掛けた。長女の桜子は鶴子が事件を起こした時の年齢に近付いていた。鶴子は桜子を精神的に追い詰めていった。夫も協力的だった。

猿の世界では血の繋がりのない子供は殺されるものなのだ。

ヒ素を使って徐々に衰弱させて殺害する予定だったのだが、そう簡単には死んでくれない。桜子に対する虐待はエスカレートしていき桜子の全身にあざが出来たが、高校には行かせず引きこもり状態だったので周囲に気付かれることはなかった。だが木の芽時のある日、鶴子はついカッとなって桜子の腹部を強烈に殴打して殺害してしまったのだった。

お互いに生理中でイライラしていた。低気圧が接近していて大気の状態も精神の状態も不安定だった。血中のヘモグロビン濃度は低下し、鉄分の補給が追い付いていなかった。

「もう逃げられない」

覚悟を決めた鶴子は4歳になる次女の亀子と無理心中を決行した。国際空港との連絡橋の上から海へとダイブして死に果てた。

大阪湾に浮遊していた2つの死体はその日のうちに発見された。梅雨の晴れ間の凪いだ海に母娘の2つの死体がポッカリと寂しく浮かぶ情景は、まるで美しい一編の詩のようだった。

本来なら被疑者死亡のまま傷害致死の罪で書類送検されてもおかしくないところだが、警察もマスコミも大きく騒ぎ立てることもなく、人の噂も何とやらでいつの間にか事件は人々の記憶から忘れ去られていった。実名報道もされず、グーグルで検索しても名前や顔は出て来ない。

子供の人権は日本でも軽視されたままだ。インドやパキスタンの名誉殺人を笑っている場合ではない。

享年37歳。

宮沢賢治も37歳で死んだ。ブルース・リーは32歳だ。鶴子は十分長く生きたと言えるだろう。本来ならばもっと若いうちに自分の母親の手にかかり保険金目当てに殺されていた筈だったのだから。

こうして呪われた一族がまた1つ地上から消えたのだった。

そして世界は相変わらず想像力の歩く墓場のまま回り続け、今日もまたこの世界の片隅で保険金目当てに子供が人知れず殺されていくのだった。

幼い頃にちびまる子ちゃんを面白おかしく見ていた少女達は、やがて親となり我が子をその手で殺めていく。そんな因果な世界で私達は生きていく。

誰もが尊敬しあえる明るく平和な社会の訪れを願っている。


おしまい

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