MLBで流行の球種、スイーパーとは

MLBでは現在、スイーパーと呼ばれる球種が流行している。流行の背景や球種の有効性などを調査した。


スイーパーとは

 スイーパーとはスライダーの一種で、横曲がりが大きく、沈まず、ある程度球速のあるものを言う。ドライブラインのアナリストであるChris Langin、Lance Brozdowskiの話を合わせると、スイーパーは128キロ以上の球速で、少なくとも25cm以上横に曲がり、縦の変化が-10cm以上(10cm以上沈まない)のボールと定義されるようだ。難しいように感じられるが、あまり沈まないで横に大きく曲がる「横スライダー」と思っても大きくハズレないだろう。

MLBで流行となっているスイーパー

 スイーパーの使用率は2020年から2022年にかけて急激に上昇している。MLBでのトレンドとなっているようだ。

スイーパーは失点しづらい球種

 この球種の使用率の急激な上昇の要因として考えられるのは成績の優秀さにある。

 表は2020-2022のMLBを対象にスライダーをボール変化量から再定義したものだ。

 スイーパーは100球あたり得点価値(100球あたりで得点がどれだけ増減したかを表す指標。低いほど投手優位)を見ると右vs右/左vs左の組み合わせでは群を抜いて優れていることがわかる。

 指標の内訳を見るとWhiff%(空振り率)は36.0%(MLB平均36.4%)、O-Swing%(ボール球スイング率)は32.7%(MLB平均32.0%)と傑出して高いというわけではない。優れているのはxwOBAcon(打球失点リスク)の低さでMLB平均の.335と比べ.315と20ポイント低い。打球のリスクを減らすことで総合的な価値を大きく減らした形だ。

スラーブとスイーパーは違うのか?

 スラーブとスイーパーは違うのか。
スライダーと分類されている球種のうち、30cm以上横に曲がるものについて、ここではさらに落差によって再定義する。重力による落下よりボール1個以上落下するものを「Slurve」、重力による落下と比較して1個分以内の縦変化を「Sweeper」、重力による落下と比較して1個分以上ライズするものを「VB Sweeper」とする。

それぞれ再定義して各種指標を出した表が以上になる。同じ横変化が30cm以上のスライダーでもRV/100、Whiff%、xwOBAconで差が出ている。基本的に30cm以上曲がるスライダーについては落差が小さい方が各種指標が良くなる傾向にある。横に大きく曲げることも重要だが落下させないこともまた重要だ。

重力による落下よりボール1個以上落下する球種を「Slurve」と定義した場合、SlurveはSweeperと比較すると各種指標で遅れを取っている。違うものと認識した方がよさそうだ。

縫い目の向きを変えたブレイク・トレイネン

 スイーパーの増加の要因としてもう1つ考えられるのが、指導者がその投げ方を確立したことが考えられる。ドライブラインのアナリスト、Lance Brozdowskiは、それまでジャイロ系のスライダーを投げていたブレイク・トレイネンがスイーパーを投げられるようになった要因の1つとして、握りを変更したことを挙げている。

 ドジャースのブレイク・トレイネンは2020年までは横変化の小さなスライダーを投げていた。だが2021年は一転して横変化の非常に大きなスライダーにモデルチェンジしている。トレイネンのスライダーにどんな変化があったのだろうか。Lance Brozdowskiは握りの違いに注目している。

https://youtu.be/hGcOaQiMwuk?t=476

 左が2020年までのグリップ、右が2021年のグリップだ。握りをツーシームグリップに変更していることがわかる。

縫い目がボールの変化にもたらす効果

なぜツーシームグリップはボールの変化を増やす効果があるのだろうか。

Lance Brozdowskiは握りをツーシームに変えることで縫い目の効果が発揮されたのではないかと指摘している。

 縫い目の効果とは何か。ボールの変化はこれまでボールの回転と回転軸で決まると考えられてきた。ただ、ここ最近は縫い目の効果を指摘されている。この効果はシーム・シフテッド・ウェイクと呼ばれ研究の対象とされている。

 野球のボールには革でできた滑らかな面と、縫い目で盛り上がった部分がある。ボールを投げたとき、空気にぶつかると周りに気流が発生する。このとき縫い目によって盛り上がった部分には乱れた気流が発生し、滑らかな面には滑らかな気流が発生する。乱れた気流は滑らかな気流より長くボールに付着しこの気流の差がボールを変化させると考えられる。

https://www.baseballaero.com/2022/01/11/new-ssw-results-baseballs-these-days-dont-know-who-they-want-to-be-part-1-of-5-post-72/ 

縫い目の向きがボールの変化に与える影響

Tread AthleticsのAlex Kachlerは縫い目の向きとボールの回転軸と比較した変化方向の偏差がどちらに傾くかについての一般的な傾向を示している。

https://twitter.com/Alexkachler10/status/1552446831321575427  の表を翻訳したもの

ジャイロの向きとは

ジャイロの向きとはジャイロ回転の向きのことだ。通常、右投手がジャイロ回転を含むボールを投げる場合はジャイロの向きは時計回りとなり、左投手は逆に反時計回りになる。例外はあるが今回はスイーパーの説明の記事のために割愛する。ここでは右投手の場合は時計回り、左投手の場合は反時計回りになるという理解で良い。

https://scout.texasleaguers.com/spin
で作成した投手側から見た時計回りジャイロの例。通常右投手はこの向きのジャイロになる
https://scout.texasleaguers.com/spin
で作成した投手側から見た反時計回りジャイロの例。通常左投手はこの向きのジャイロになる

縫い目の向きとは

 縫い目の向きは1回転する際に何回縫い目を通るか、という理解で大雑把には良いと思われる。例えば1回転する際に縫い目が4回通るのが4シーム、2回通るのが2シーム、といった感じだ。

横から見た4シームのイメージ、1回転する際に4回縫い目を通過する
横から見た2シームのイメージ。1回転する際に2回縫い目を通過する

軸の偏差

軸の偏差は実際の回転軸(Release Tilt)と比較して変化方向(Break Tilt)がどちらに傾いているかを表すものだ。この偏差はジャイロの向きと縫い目の向きの組み合わせで決まる。

比較的わかりやすい例と思われる右投手のRelease Tiltが1:00の速球を例に出す。

まず右投手のジャイロの向きは通常時計回りとなる。
このとき縫い目の向きは4シームの場合、縫い目の影響によって実際の回転軸よりも変化方向は反時計回りとなる。実際の回転軸が1:00でもボールの変化方向は反時計回りに傾き0:45になるイメージと言えば良いだろうか。(実際の回転軸より縫い目の影響でボールの変化方向は反時計回りになる)

投手側から見た4シーム速球のイメージ
Release Tilt(実際の回転軸)と変化方向(Break Tilt)の偏差
4シームの変化方向は実際の回転軸より反時計回りにシフトし、スライドしホップする

縫い目の向きが2シームの場合、縫い目の影響によって実際の回転軸よりも変化方向は時計回りとなる。実際の回転軸が1:00でもボールの変化方向は反時計回りに傾き1:30になるイメージと言えば良いだろうか。(実際の回転軸より縫い目の影響でボールの変化方向は時計回りになる)

投手側から見た2シーム速球のイメージ


Release Tilt(実際の回転軸)と変化方向(Break Tilt)の偏差
2シームの変化方向は実際の回転軸より時計回りにシフトし、シュートしドロップする

同じ回転軸が1:00の速球でも4シームの場合はシュートせずホップしやすくなるように変化方向がシフトし、2シームの場合はシュートしてドロップしやすくなるように変化方向がシフトする。これが縫い目の影響による変化方向のシフトだ。

同じ回転軸(Release TIlt)でも
4シームだと反時計回りに軸が傾き、2シームだと時計回りに軸が傾く
これは縫い目の影響が大きい

スイーパーは縫い目の向きの影響を利用する球種

ここからは実際にスイーパーがどのような軸や縫い目の向きを利用して投げられているのかを見ていく。

まずスイーパーを以下のように定義する。

速度:80マイル(128km/h)以上
横変化:10インチ(25cm)以上
縦変化:-4インチ(-10cm)以上(重力による落下より10cm以上沈まない) 

この条件を満たしたスライダーを100球以上投げた投手は2022のMLBで85人だった。

次に彼らが縫い目の影響を受けずにスライダーを投げた場合の平均的な変化量を算出する。算出する方法としてはドライブラインが提供するツールを使用した。(利用にはアカウントを作成する必要あり)

回転による動きのみで縦・横それぞれの変化の基準を満たしている投手がいるかを調査します。

回転による動きだけでスイーパーの基準を満たしている投手は17.6%のみという結果になった。残りの82.4%は縫い目の影響で縦変化でホップを得る、横変化でスライド方向の変化を得る、あるいは両方の恩恵を受けてスイーパーの基準を満たしていることがわかる。

スイーパーはどのような球質か

スイーパーの回転軸(Release Tilt)

スイーパーはどのような回転軸で投げられているのだろうか。MLB2022でスイーパーを100球以上投げた右投手69人について、彼らのスライダーのRelease Tilt(実際の回転軸)がどのような方向を向いているのかを調べた。

スイーパーは「あまり沈まず、横に大きく曲がる変化球」だ。それなら回転軸は本来、横の動きを大きく得られ、かつ沈みの少ない9:00前後に集中すると予測される。だが、実際のRelease Tiltは8:00前後に集中していることがわかる。

スイーパーの縫い目の向き

ここで先程の縫い目の向きとSSWが関連してくる。"スイーパーは縫い目の向きの影響を利用する球種"の項でスイーパーは縫い目の力によって横の動き(スライド方向↑)と縦の動き(ホップ↑)を得ている球種だということがわかっている。そしてRelease Tiltは8:00前後を記録している。つまり、スイーパーはRelease TIltを8:00前後にしたうえで、縫い目の影響を利用することで、(右投手の場合)時計回りの軸のシフトを得てBreak Tilt(変化方向)を9:00前後にして、スライドとライズの動きを得ているボールということだ。

スイーパーは右投手の場合、8:00前後のRelease Tiltから
縫い目の影響でBreak Tiltを9:00前後にすることで理想の変化を得ている

さらに"縫い目の向きがボールの変化に与える影響"の項でも説明したが、右投手がこのような「時計回りの軸」のシフトを得るには2シームの縫い目の向きでボールを投じる必要がある。ボールの縫い目の向きに大きな影響を与えるのはボールの握りだ。スライダーで時計回りの軸を得ることができるグリップとしてドライブラインのChris Langinは以下の握りを候補としている。

Langinは3種類の握りを候補としているがこのうち2つがツーシームグリップだ。(SL2とSL7の違いは人差し指にスパイク(立てる)を追加するかどうかだと思われる)

ここでトイレネンがスライダーでグリップを変更したことについて話を戻す。トレイネンは2020年→2021年でツーシームグリップに変更したが、それによってそれまで反時計回りにシフトしていたBreak Tiltを時計回りにシフトするように変更できた。この変更がトレイネンが小さないスライダーからスイーパーを投げるようになった1つの要因だ。

 ツーシームグリップ、もしくは"Across Offset"といったグリップはスイーパーを投げるうえで重要な要素だ。

スイーパーの回転効率

また、スイーパーのもう1つの特徴として高い回転効率がある。回転数にもよるが平均でも49%、少なくとも40%超の回転効率は欲しい。

トレイネンも2020→2021で29%→40%とジャイロ系からやや回転効率の多いスライダーにシフトすることでスイーパーを投げられるようになっている。

スイーパーは回外を使って投げる

https://twitter.com/LanginTots13/status/1570924084044898305
https://twitter.com/LanginTots13/status/1570924084044898305

 スイーパーをリリースする際は中指が見えない状態になることが理想的。
この状態になるには腕を回外させる必要がある。

ジャイロ系スライダーは中指がはっきり見えるのと対象的
https://twitter.com/KieranLiming/status/1663595220179484673
https://www.mdpi.com/2076-3417/12/12/6164

腕を外側に捻ることで中指が見えなくなる。
逆に捻らないで人差し指と中指が見えた状態だと球速が速く曲がりが小さくなる。

スイーパーの回転イメージ

ここまでの情報を基にSpin Visualizationで投手側から見た回転イメージを作った。

右投手の回転イメージ
Release Tilt:8:00 回転効率:50% 縫い目の向き:2シーム
右投手の回転イメージ
Release Tilt:8:00 回転効率:50% 縫い目の向き:1シーム
1シームは基本2シームと似た縫い目の効果
左投手の回転イメージ
Release Tilt:4:00 回転効率:50% 縫い目の向き:2シーム
左投手の回転イメージ
Release Tilt:4:00 回転効率:50% 縫い目の向き:1シーム
1シームは基本2シームと似た縫い目の効果

縫い目効果はトラッキング機器によっては測定できない

 スイーパーに必要な縫い目の効果による変化はトラックマンやホークアイでは測定できるものの、ラプソードではverによっては観測できない。これは、トラックマンが弾道を直接測定しているのに対し、2.0までのラプソードはボールの回転軸と回転数から変化量を推測するためだ。

(同じボールでも縫い目効果が大きい場合、ラプソードとトラックマンでは大きく変化量に差が出る。画像はシンカーの例)

追記:Rapsodo PRO 3.0ではどのように変化量を算出しているかは不明。

スイーパーを投げやすい投手

 ドライブラインのアナリスト、Chris Langinはフォーシームの回転効率は、変化球の開発に何が可能かを示す手がかりになると言っている。

 MLB全体の傾向で言えば

 ・フォーシームの回転効率が85%を下回る投手のうち30%は、スライダーの横変化が11インチ(約28cm)を超えていた。

 ・フォーシームの回転効率が95%を上回る投手のうち6%は、スライダーの横変化が11インチ(約28cm)を超えていた。

 フォーシームの回転効率が多い投手に比べて、フォーシームの回転効率が低い投手の方が6倍、よく曲がるスライダーを投げられるようだ。これはフォーシームの回転効率の低い選手の方がスイーパーを投げやすいということを示している。

また、Chris Langinは

速球の回転効率が低い選手は回外に対して優れた感覚を持っているため、簡単にブレーキングボールを会得できる

 としている。

まとめ

・スイーパーは横に大きく動き、沈まない「大きな横スライダー」のような球。
・スイーパーはスライダーの分類の中でも失点抑止力が比較的高い。
・スイーパーを投げる投手の多くは縫い目による動きの恩恵を得ている。
・スイーパーはスラーブのような軸(右投手なら8:00前後)で投げ縫い目による動きの影響で変化方向を真横の近くに傾けている。
・スラーブの軸から真横に近い軸にシフトさせるには2シームの縫い目の向きでボールを回転させる。
・回転効率は少なくとも40%↑は欲しい。

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