大谷の縦スライダーを考察する

大谷は、試合後、この日に投じた縦のスライダーについて「単純に左打者が多かったので、いつもと違う形のスライダーも投げました」と言い、「いつも通りのスライダーも含めて、いいマネジメントができたかなと思ってます」と納得の表情。

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/09/18/kiji/20220918s00001007406000c.html

 大谷翔平は9/17の登板で左打者を多く並べてきたマリナーズに対し縦のスライダーを投げたと明言している。

 ボールの変化量チャートを見ても自由落下(重力のみの影響を受けたボール変化、図の中心部分)より浮いて横に曲がるスライダー(青い円で囲まれたもの)と自由落下より沈む縦のスライダー(赤い円で囲まれた部分)に、はっきり分かれていることがわかる。

 この縦スライダーについて考察する。

縦のスライダーを投げたのは今年で初めて

 図の1枚目は9/17以前の変化量チャート、2枚目は9/17の変化量チャートとなる。赤い丸で囲った部分(縦のスライダー)に投げ込まれたスライダーは9/17以前は1球もない。大谷は9/17に今年、初めて縦のスライダーを投げたことになる。狙いとしては本人が言うように左打者対策だと思われる。

横も縦も球速・回転軸・回転数はほぼ同じ?

 縦と横のスライダーを投げ分けている大谷だが、実のところ回転軸にはそこまで差がないことがわかる。そもそも大谷の横スライダーは縦変化量は自由落下よりホップする球質でありながら、Spin-Basedの回転軸(ホークアイで測った実際の回転軸)を見ると本来なら少しドロップするはずの回転軸だ。(スラーブに近い)それにも関わらず、実際の大谷の横スライダーはむしろホップし、大きく横に変化する。縦スライダーについて掘り下げる前に、まずはこの横スライダーについて考察する。

補足:
 MLB公式アナリストのtangotigerに聞いた所、2seam slider(横スライダー)も4seam slider(縦スライダー)もActive Spin(回転効率、ジャイロ成分)もほぼ同じとのことです。

大谷の横スライダーはなぜホップする?

Baseball Savantより

 大谷の横スライダーの回転軸はSpin-Based(ホークアイで観測した実際の回転軸)と比較するとObserved(変化量から推測した回転軸、実際の変化方向)に差があり、Observedはむしろホップする。

 実際の回転軸と比較して変化方向がどちらに傾くかはジャイロの向きとシームの向きに依存する。

Seam Shifted Wake(シーム・シフト・ウェイク、縫い目効果)

 ボールに動きをもたらすのは長年、回転と回転軸によるマグヌス効果と考えられてきた。しかし、最近の研究ではボールの縫い目もボールの動きに影響をもたらすことがわかっている。これはシーム・シフト・ウェイクという名で呼ばれている。

 このシーム・シフト・ウェイクをもたらすのが飛翔中の縫い目の向きとジャイロの向きだ。

A specific seam orientation allows a moving baseball to trip the air causing the turbulence to push the ball in some direction more than it otherwise would.

縫い目の方向が決まっていると、動いている野球ボールが空気に揉まれ、乱気流がボールをある方向に押し出すことができます。

Another future opportunity is the seam orientation, data that Hawkeye can determine but, to our knowledge, are not yet provided to MLB. Since the SSW depends strongly on the orientation of the seams, direct observation of those seams would be of great value to pitchers, analysts, and physicists alike.

もう一つの将来のチャンスはシームの向きで、Hawkeyeが決定できるデータですが、我々の知る限り、まだMLBには提供されていません。SSWはシームの向きに強く依存するため、シームを直接観察することは、投手、アナリスト、物理学者にとって大きな価値を持つでしょう。

シームの向き

https://twitter.com/tangotiger/status/1480029234680766468
を基に図を作成
(円を描きseamの向きについて書き加えた)

 Tangotigerはシーム・オリエンテーションを以上のような図で表す。図はその点の位置を中心にボールを回転させることで、ボールの回転を意味している。大雑把に言えば、図中の3つの円に近いところにプロットされていればそのシームの向きとみなしてもよいだろう。

https://www.researchgate.net/figure/Difference-in-the-seam-orientations-the-number-of-seams-per-rotation-with-respect-to_fig8_284164226

 シームの向き(横側から見た例)。Tangotigerの指定したポイントを中心に横側にボールを回転させればシームの向きになることがわかる。(4シーム、2シーム、1シームは上記の回転を捕手側から見たときに1回転する時に縫い目が何回通るかをイメージすれば良い)

4シームの例、1回転する時に縫い目が4回通る
https://scout.texasleaguers.com/spin
にて作成
2シームの例、1回転する時に2回縫い目が通過する
https://scout.texasleaguers.com/spin
にて作成
1シームの例
https://scout.texasleaguers.com/spin
にて作成

ジャイロの向き

 ジャイロの向きは通常、右投手は時計回り、左投手は反時計回りとなっている。(例外もある)

時計回りジャイロの例(投手目線)
https://scout.texasleaguers.com/spin
にて作成
反時計回りのジャイロの例(投手目線)
https://scout.texasleaguers.com/spin
にて作成

ジャイロとシームの向きの組み合わせ

Tread AthleticsのAlex KachlerはSSWの発生についてジャイロの向きとシーム・オリエンテーションが関係していると述べている。

https://twitter.com/Alexkachler10/status/1552446831321575427
を基に翻訳して表を作成

 ジャイロの向きとシームの向きの組み合わせで角度の偏差(実際の回転軸と変化方向の差)は変わる。

大谷の9/17登板を除くスライダーの縫い目の向き、ほとんどがツーシームで投げられている
https://twitter.com/tangotiger/status/1571526658951086085
一部表を改変して作成
(プロットに円を描き、2seamと書き加えている)

 大谷は右投手であるため、横スライダーを時計回りのジャイロで2シーム・オリエンテーションで投げている。そのため実際の変化方向より反時計回りに傾いている。(ホップする)

大谷の縦スライダーはなぜ落ちる?

シームの向きを使い分けている?

https://twitter.com/tangotiger/status/1571526660956033030
を基に右下(大谷の9/17の試合)の表を抜粋

And we can see his slider has been of two-seam variety. Last night, he threw a 2-seam and 4-seam slider Spin axis was same either way. So, it was purely a seam orientation change

昨夜は2シームと4シームのスライダーを投げた。スピン軸はどちらも同じでした。つまり、これは純粋に縫い目の方向の変更です。

https://twitter.com/tangotiger/status/1571526660956033030

 MLB公式アナリストのtangotigerは9/17の試合で大谷は2シーム(今までの横スライダー)に加え、新たに4シームのスライダーを加えたことを指摘している。黄色い円で囲まれた部分が大谷の4シームスライダーだ。

 大谷の横スライダーと縦スライダーの回転軸にほとんど差はなく、これらの投げ分けは縫い目の向きを使い分けたことによるものと推測される。

https://twitter.com/Alexkachler10/status/1552446831321575427
を基に翻訳して表を作成

 先述した通り、右投手が2シームの縫い目の向きで投げるとボールの変化方向は実際の回転軸より時計回りに傾く。逆に4シームで投げると反時計回りに傾く。

 仮に8:30のスライダーで軸の偏差が±1:00のスライダーを投げる投手が、4シームと2シームの縫い目の向きを使い分けた場合の変化方向のイメージが以下となる。

 同じ回転軸でも、2シームの縫い目の向きで投げた場合はホップするスライダーとなり、4シームの縫い目の向きはドロップする縦スライダーとなることがわかる。おそらくだが、大谷は回転軸を変えることなく、縫い目の向きを変えることで2つのスライダーを投げ分けているものだと推測される。

シームの向きはどうすれば変えられる?

 シームの向きの変え方の方法としてはグリップの変更が考えられる。

https://twitter.com/TIME/status/1541520091925315585

 大谷はツーシームの握りでスライダーを今まで投げている。スライダーをツーシームの握りで投げると飛翔中のボールの縫い目の向きも2シームになると考えられる。

 Drivelineのピッチングコーディネーター、Chris Langinは4シームスライダーと2シームスライダーの握りについてtwitter上で公開している。

4シームスライダーの握りの例


https://twitter.com/LanginTots13/status/1562937086306832384
より引用

2シームスライダーの握りの例

https://twitter.com/LanginTots13/status/1562937086306832384
より引用

 大谷は2シームスライダーの握り(SL7)と4シームスライダー(SL1,SL3)を使い分けてボールの縫い目の向きを変え変化量を調整していると推測される。

補足:
 2シームスライダーは回転軸が適切な範囲内にあるとき(7:00~9:00など)に追加のグローブサイドアクション(スライダー方向の横の動き)を追加するとされている。大谷の横スライダーが横に大きく動くのは2シームの縫い目の向きの影響も考えられる。

SL2, SL5, and SL7 will provide that additional glove side action (and rise) when spin-based metrics are in the right ranges

SL2、SL5、および SL7(2シームスライダー) は、スピンベースの指標が適切な範囲にある場合に、追加のグローブ サイド アクション (および上昇) を提供します。

https://twitter.com/LanginTots13/status/1562937086306832384

2シームスライダーと4シームスライダーの回転イメージ

2シームスライダー(これまでの横スライダー)

回転軸:8:30 ジャイロアングル60度(回転効率 50%) Top0度

https://scout.texasleaguers.com/spin
にて作成

4シームスライダー(新しい縦のスライダー?)

回転軸8:30 ジャイロアングル60度(回転効率 50%) Top91度

https://scout.texasleaguers.com/spin
にて作成

縦のスライダーを投げる狙い

 大谷は左打者対策に縦のスライダーを投げていると言っている。その狙いは何だろうか。

縦のスライダーは低めを振らせやすい

 図はMLB2017-2021を対象に右投手vs左打者についての50%以上のスイング率を見たデータだ。

 横スライダー(球速135-140km/h、縦変化0-15cm、横変化30cm以上、図左)のスイング率は打者の身体に向かって円が描かれている。打者の身体に食い込む球をスイングさせやすいということになるが、死球のリスクもあるためこのような球は通常使いにくい。加えて低めのボールはそれほど振らせられない。

 縦スライダー(球速135-140km/h、横変化0-15cm、縦変化0cm以下、図右)のスイング率は低めに向かって円が描かれている。低めのボール球をスイングさせやすいという球質になっている。このような縦のスライダーなら死球のリスクを恐れずにボール球のスイングを誘うことができる。

 大谷は打者の左右、目的(スイングをさせるか、見逃しを取るか)によって縦横2方向の変化のスライダーを使い分けていると思われる。

まとめ

・大谷は9/17の試合で縦のスライダーを明確に投げている。
・縦のスライダーも横のスライダーも回転軸はほぼ同じ。
・ボールは回転の力以外に縫い目の効果で動きに影響をもたらす。
・2シームの向きだと実際の軸より時計回りに、4シームの向きだと反時計回りになる。
・大谷の横のスライダーは2シームの向きで投げられており実際の回転軸よりホップする。
・大谷の縦スライダーは4シームの向きで投げられており実際の回転軸よりドロップすると推測される。
・シームの向きを変える方法としては握りを変えるという方法がある。
・縦のスライダーは低めのボール球を振らせやすいという効果があり、大谷が縦スライダーを投げたのは、左打者の低めボール球のスイングを誘発することが狙いと見られる。

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