大谷の縦スライダーを考察する
大谷翔平は9/17の登板で左打者を多く並べてきたマリナーズに対し縦のスライダーを投げたと明言している。
ボールの変化量チャートを見ても自由落下(重力のみの影響を受けたボール変化、図の中心部分)より浮いて横に曲がるスライダー(青い円で囲まれたもの)と自由落下より沈む縦のスライダー(赤い円で囲まれた部分)に、はっきり分かれていることがわかる。
この縦スライダーについて考察する。
縦のスライダーを投げたのは今年で初めて
図の1枚目は9/17以前の変化量チャート、2枚目は9/17の変化量チャートとなる。赤い丸で囲った部分(縦のスライダー)に投げ込まれたスライダーは9/17以前は1球もない。大谷は9/17に今年、初めて縦のスライダーを投げたことになる。狙いとしては本人が言うように左打者対策だと思われる。
横も縦も球速・回転軸・回転数はほぼ同じ?
縦と横のスライダーを投げ分けている大谷だが、実のところ回転軸にはそこまで差がないことがわかる。そもそも大谷の横スライダーは縦変化量は自由落下よりホップする球質でありながら、Spin-Basedの回転軸(ホークアイで測った実際の回転軸)を見ると本来なら少しドロップするはずの回転軸だ。(スラーブに近い)それにも関わらず、実際の大谷の横スライダーはむしろホップし、大きく横に変化する。縦スライダーについて掘り下げる前に、まずはこの横スライダーについて考察する。
補足:
MLB公式アナリストのtangotigerに聞いた所、2seam slider(横スライダー)も4seam slider(縦スライダー)もActive Spin(回転効率、ジャイロ成分)もほぼ同じとのことです。
大谷の横スライダーはなぜホップする?
大谷の横スライダーの回転軸はSpin-Based(ホークアイで観測した実際の回転軸)と比較するとObserved(変化量から推測した回転軸、実際の変化方向)に差があり、Observedはむしろホップする。
実際の回転軸と比較して変化方向がどちらに傾くかはジャイロの向きとシームの向きに依存する。
Seam Shifted Wake(シーム・シフト・ウェイク、縫い目効果)
ボールに動きをもたらすのは長年、回転と回転軸によるマグヌス効果と考えられてきた。しかし、最近の研究ではボールの縫い目もボールの動きに影響をもたらすことがわかっている。これはシーム・シフト・ウェイクという名で呼ばれている。
このシーム・シフト・ウェイクをもたらすのが飛翔中の縫い目の向きとジャイロの向きだ。
シームの向き
Tangotigerはシーム・オリエンテーションを以上のような図で表す。図はその点の位置を中心にボールを回転させることで、ボールの回転を意味している。大雑把に言えば、図中の3つの円に近いところにプロットされていればそのシームの向きとみなしてもよいだろう。
シームの向き(横側から見た例)。Tangotigerの指定したポイントを中心に横側にボールを回転させればシームの向きになることがわかる。(4シーム、2シーム、1シームは上記の回転を捕手側から見たときに1回転する時に縫い目が何回通るかをイメージすれば良い)
ジャイロの向き
ジャイロの向きは通常、右投手は時計回り、左投手は反時計回りとなっている。(例外もある)
ジャイロとシームの向きの組み合わせ
Tread AthleticsのAlex KachlerはSSWの発生についてジャイロの向きとシーム・オリエンテーションが関係していると述べている。
ジャイロの向きとシームの向きの組み合わせで角度の偏差(実際の回転軸と変化方向の差)は変わる。
大谷は右投手であるため、横スライダーを時計回りのジャイロで2シーム・オリエンテーションで投げている。そのため実際の変化方向より反時計回りに傾いている。(ホップする)
大谷の縦スライダーはなぜ落ちる?
シームの向きを使い分けている?
MLB公式アナリストのtangotigerは9/17の試合で大谷は2シーム(今までの横スライダー)に加え、新たに4シームのスライダーを加えたことを指摘している。黄色い円で囲まれた部分が大谷の4シームスライダーだ。
大谷の横スライダーと縦スライダーの回転軸にほとんど差はなく、これらの投げ分けは縫い目の向きを使い分けたことによるものと推測される。
先述した通り、右投手が2シームの縫い目の向きで投げるとボールの変化方向は実際の回転軸より時計回りに傾く。逆に4シームで投げると反時計回りに傾く。
仮に8:30のスライダーで軸の偏差が±1:00のスライダーを投げる投手が、4シームと2シームの縫い目の向きを使い分けた場合の変化方向のイメージが以下となる。
同じ回転軸でも、2シームの縫い目の向きで投げた場合はホップするスライダーとなり、4シームの縫い目の向きはドロップする縦スライダーとなることがわかる。おそらくだが、大谷は回転軸を変えることなく、縫い目の向きを変えることで2つのスライダーを投げ分けているものだと推測される。
シームの向きはどうすれば変えられる?
シームの向きの変え方の方法としてはグリップの変更が考えられる。
大谷はツーシームの握りでスライダーを今まで投げている。スライダーをツーシームの握りで投げると飛翔中のボールの縫い目の向きも2シームになると考えられる。
Drivelineのピッチングコーディネーター、Chris Langinは4シームスライダーと2シームスライダーの握りについてtwitter上で公開している。
4シームスライダーの握りの例
2シームスライダーの握りの例
大谷は2シームスライダーの握り(SL7)と4シームスライダー(SL1,SL3)を使い分けてボールの縫い目の向きを変え変化量を調整していると推測される。
補足:
2シームスライダーは回転軸が適切な範囲内にあるとき(7:00~9:00など)に追加のグローブサイドアクション(スライダー方向の横の動き)を追加するとされている。大谷の横スライダーが横に大きく動くのは2シームの縫い目の向きの影響も考えられる。
2シームスライダーと4シームスライダーの回転イメージ
2シームスライダー(これまでの横スライダー)
回転軸:8:30 ジャイロアングル60度(回転効率 50%) Top0度
4シームスライダー(新しい縦のスライダー?)
回転軸8:30 ジャイロアングル60度(回転効率 50%) Top91度
縦のスライダーを投げる狙い
大谷は左打者対策に縦のスライダーを投げていると言っている。その狙いは何だろうか。
縦のスライダーは低めを振らせやすい
図はMLB2017-2021を対象に右投手vs左打者についての50%以上のスイング率を見たデータだ。
横スライダー(球速135-140km/h、縦変化0-15cm、横変化30cm以上、図左)のスイング率は打者の身体に向かって円が描かれている。打者の身体に食い込む球をスイングさせやすいということになるが、死球のリスクもあるためこのような球は通常使いにくい。加えて低めのボールはそれほど振らせられない。
縦スライダー(球速135-140km/h、横変化0-15cm、縦変化0cm以下、図右)のスイング率は低めに向かって円が描かれている。低めのボール球をスイングさせやすいという球質になっている。このような縦のスライダーなら死球のリスクを恐れずにボール球のスイングを誘うことができる。
大谷は打者の左右、目的(スイングをさせるか、見逃しを取るか)によって縦横2方向の変化のスライダーを使い分けていると思われる。
まとめ
・大谷は9/17の試合で縦のスライダーを明確に投げている。
・縦のスライダーも横のスライダーも回転軸はほぼ同じ。
・ボールは回転の力以外に縫い目の効果で動きに影響をもたらす。
・2シームの向きだと実際の軸より時計回りに、4シームの向きだと反時計回りになる。
・大谷の横のスライダーは2シームの向きで投げられており実際の回転軸よりホップする。
・大谷の縦スライダーは4シームの向きで投げられており実際の回転軸よりドロップすると推測される。
・シームの向きを変える方法としては握りを変えるという方法がある。
・縦のスライダーは低めのボール球を振らせやすいという効果があり、大谷が縦スライダーを投げたのは、左打者の低めボール球のスイングを誘発することが狙いと見られる。
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