2020年 US HIPHOPベストアルバム

個人的2020年ベストアルバムになります。

2020年が本当に色々ありすぎて長い前書きも書いたのですが、それは後ろに追いやって手っ取り早く好きな順番から紹介して行きます。

1. Pop Smoke 
"Shoot for the Stars, Aim for the Moon”

デビューアルバムであり、大傑作であり、残念ながら遺作となった作品。808メロが手がけたドリルの特徴的なベース中心トラック、エグゼティブで参加している50centを思わせる野太く自信に満ちた声、そしてアルバムの収録曲数に負けない良曲の数々。どれをとっても一級のアルバム。

サウンド&レコーディング・マガジンのインタビューによれば、なんとこのアルバムはほとんどが宅録のデモ版のデータからの曲。本来ならスタジオで再録して世に出るはずだったのが、本人があのような悲しい形で世を去ったため、エンジニアのジェス・ジャクソン氏が時間をかけて"デモ状態のデータ"を今の形に仕上げた、という執念の作品。

「死後本人があまりディレクションに関わらないで世に出た作品」に関しては、アーティストの信条が反映されていないのでは?と思う反面、作品に携わった多くの人達に対する報酬や、音楽業界の雇用の面で是非を白黒はっきりさせることは難しい。しかし、この作品のクオリティと凄みを鑑みれば、これならPop Somke本人も納得したと思うレベルの素晴らしいスタジオワーク、ミックス、マスタリングだった。コロナ禍でなければ世界中のクラブのスピーカーをぶんぶんに揺るがしていたに違いない名盤だ。

もちろん、今これから昇り詰めていく才能あるアーティストが見舞われた悲劇に対する哀悼や感傷がこの作品を押し上げているのは間違いないが、Pop Smokeの野心とエネルギーに満ちたこの作品はそれだけでは語れない。本当に力強く、King of New Yorkを自称するにふさわしい勇ましさ。故King Vonや故Juice Wrldのアルバムも勿論良かったが、今年の一枚を挙げるなら今作。

注目曲はPop Smokeが初めてならもちろん去年から歌い上げ、BLM運動ではプロテストソングにまで昇華した"Dior (Bonus)"(デラックス版に収録)になるが、なんとも名曲がたくさんありすぎて選びきれない。"Yea Yea"、"The Woo" (featuring 50 Cent and Roddy Ricch)、"Something Special"、"Got It on Me"などなど。もちろん全部入り怒涛の多曲収録のデラックス版を。また、今作が気に入ったら同じ2020年にリリースされた"Meet The Woo 2"(2020)もオススメしたい。今はただRIP。



2. D Smoke
"Black Habits"

ベテランのビッグネームばかりがノミネートされた2020年のグラミー賞(ベストラップアルバム部門)で「誰やねん」「Pop Smokeじゃないのか」と言われた可哀想なお兄さんことD Smoke。Netflixのオーディション番組「リズム + フロー」から輩出されたスターで、視聴者をもれなく虜にした知性溢れるナイスガイ。昨年のEPも良かったが、このフルアルバムは更に洗練され、持ち前のインテリジェンスとLAゲットーからのシャウトの融合を見事に果たした作品になっている。ゴリゴリのイングルウッドギャング出身、〜からのなんとUCLA卒、元高校教師、英語とスペイン語のバイリンガル…という全部マシマシの出自は2Pacの『矛盾』が魅力だったように、D Smokeの深みに直結する。家族、地元、アフリカン・アメリカンの歴史と文化への賛歌である"Black Habits I"は別格の名曲。"Fly"、"Like My Daddy"、ウェッサイな風を感じる"Sunkissed Child"など良曲が目白押し。


3. Benny the Butcher
"Burden of Proof"

ニューヨーク州バッファローのクルーGriseldaの一員。Conway the Machine、Westside Gunnとは従兄弟の関係。今年もGriselda勢のアルバムは多数リリースされて話題になったが、1枚挙げるならこのアルバム。全曲をHit-Boyが手掛けた(共同含む)Neo Boom BapなビートからNeoを奪い取る煙たいBoom Bapにしてしまうラップ、遅めのBPMでじっくりと煮込む拷問のようなスタイルはザ・Griselda印。のったりのったりと体を揺らしながら肩で風を切って街を闊歩出来る作品となっている。

ゲストにGriseldaの2人が参加した"War Paint"、Freddie Gibbs参加の"One Way Flight"は安定の良曲。意外にもBig SeanとLil Wayneをフューチャーしたシングルの"Timeless"、珍しく女性ボーカルが入った"Thank God I Made It" featuring Queen Naijaなどこれまでと違う一面もあり。より広く聴きやすくなっているので"初めてのGriselda”としてもオススメしたい1枚。


4. CJ Fly
"RUDEBWOY"

Pro Eraからの刺客、CJ Flyの久々なフルアルバム。まるでラーメン二郎の新店舗開店時に各店舗の店長達が集まるがごとく腕を組んだPro Era一派が集結し、それをStatik Selektah御大のまるっと全曲プロデュース。この2010年代以降の、ザ・Statik SelektahなNeo Boom Bapなビートとブルックリンレゲエが融合した雰囲気はみんな大好き"あのPro Era"の新作と言っても良い作品。

注目は新作が待たれるJoey Bada$$との共演作でハイハットの刻みがたまらなくBoom Bapな"RUDEBWOY" Featuring Joey Bada$$。他にもGBポケットモンスターピカチュウ版のフックでダークな少年時代を語る"LV ASCOT"、 Statik Selektahのビートが心地良さ最高な"STRUGGLIN'"、GriseldaのConway the Machineが煙たくラップする"CITY WE FROM"など良曲揃い。


5. Logic
"No Pressure"

Logic先輩の自称引退作品。1stの"Under Pressure"(2014)の続編っぽいタイトルの通り、プロデューサーのNo I.D.の再起用。今まであった気負いのようなものから解放されたゆったり感のある、それでいてスキルフルなラップが詰まった一作。Logic先輩と言えば高速でまくしたてる流暢なラップだが、No I.D.も盟友6ixも今回は特に中音域比重が高めで、Logicのラップとサンプリングビートとの絡み方がとても良い。かねてから日本アニメについて言及のあったLogicがラストアルバムでもNujabes、『サムライチャンプルー』、『カウボーイビバップ』からの影響を公言するのがベタだけどアガる。

ネットに嫌気がさした事、以前からのメンタルヘルス問題、そして親業に専念するために"引退"、とのことだが、元気そうにTwichでゲーム実況をしているのでおそらく大丈夫だと思う。ラッパーの『引退宣言』は話半分口半分ということでいつか次作もお願いたいところ。"Hit My Line"、"GP4"、"Celebration"まで怒涛の良曲ラッシュだが、これという曲ならもちろん”Soul Food II”

曲によっては最後にAIからの親切な解説付きなのが嬉しい。

6. Ty Dolla $ign
"Featuring Ty Dolla $ign"

自虐的なタイトルとは裏腹に、みんなこういうのを待っていた!と言わんばかりにオーセンティックなTy Dolla $ignの新譜。他とは1歩2歩以上進んだオートチューンの使い方、ビッグネームラッパー多数起用のボリュームたっぷりの25曲入り。正直曲数は半分ぐらい絞っても良かったと思うが、収録されている曲自体はどれも素晴らしい。

特にHit-BoyとSkrillexがプロデューサーに入り、そこへKid Cudiをフューチャーした"Temptations" featuring Kid Cudi、ポスマロさんとのタッグでノリノリな"Spicy" featuring Post Maloneなど序盤から飛ばしている。中盤以降もBLM運動との地続きを感じる"Real Life" featuring Roddy Ricch and Mustard、おそらくこのアルバムで一番の曲であり、超女性アゲな"By Yourself" featuring Jhené Aiko and Mustardが控えている。多数のフィーチャリングワークをこなし、名曲を生み出してきたTy Dolla $ignらしい作品。

7. Don Toliver
"Heaven or Hell"

ヒューストンの現在進行形キングことTravis ScottのレーベルCactus Jackからの作品であり、Travis Scottの傑作"Astroworld"(2018)やJACKBOYS(2019)に参加していたDon Toliverのキャリアが色濃く出た作品。オートチューンの歌声はTravis Scottの強い影響を感じつつもまた違った魅力を開花させている。Netflixで配信中のTravisのドキュメンタリー『Look Mom I Can Fly』にも使用されている"Cardigan"と"Look Mom I Can Fly"、昨年リリースしてTikTokで大流行した"No Idea"などが収録されており、その中でもイチオシはTravisとの共演作の"Euphoria”featuring Travis Scott and Kaash Paige。

2020年はRoddy Ricchと共にInternet Moneyの"Lemonade" ft. Don Toliver and Roddy Ricchにも参加して話題になったが、デビューアルバムも素晴らしかった。もちろん紫が目印のDJスクリュー版がリリースされているのでそちらも(というかそちらが)オススメ。



8. 21 Savage & Metro Boomin
"Savage Mode 2"

アトランタ出身の21 Savageと名プロデューサーMetro Boominのタッグ作品、第二弾。とってもサウシーな”ザ・サウス”なアルバムなのは言わずもがな、一世を風靡したPen & Pixel風デザイン、No LimitやCash Money Recordsの匂い(臭い)がするコテコテのアルバムジャケでかなり良い予感がしませんか。(のちにPen & Pixelのオリジナルデザインを使わなかったなどのリスペクトに欠ける行為を暴露される)

なんとアルバムのプロモーションに俳優モーガン・フリーマンが参加。アルバム内にもセリフとしてモーガンフリーマンのナレーションが各曲に入っていて、モーガンフリーマン専用長尺インタールードまで用意されている。内容はギャングスタなライフを語ったものが続いていくのでギャップが凄い。

ダイアナ・ロスの声から始まり車で地元を流すような"Runnin"(MVではグラミー賞のトロフィーを正に故郷に錦的な意味で持ちかえる)、ギャングまんまな生き様を披露する"Glock in My Lap"、子供時代と例の移民問題に触れた"MyDawg"など前半~中盤に良曲が収録。"Mr. Right Now ft. Drake"ではゴシップも話題になった。個人的に喰らった"Many Men"はご存知50centの名盤”Get Rich or Die Tryin'”(2003)のあの曲をそのまま、マジでそのまま下敷きにし、オチまでついている。50cent同様に6発の銃弾を受けて生きのびた21 Savageのエピソードを知っている人なら誰もが納得の曲。こちらも紫が目印のDJスクリュー版があるので是非チェックして欲しい。


9. Denzel Curry ‎& Kenny Beats
"UNLOCKED"

XXL Freshmanにも選出されたマイアミの若手、前作の"Zoo"(2019)も素晴らしいDenzel Curryと多様な音楽を作り出すKenny Beatsのタッグ作品。Denzel Curryのこれまでリリースしてきたtrapではなく、Kenny Beats仕込みのドBoom Bapなビート、しかもかすれ気味なLo-fiなものが中心になっている。Kenny Beatsが「BoomBapやりなよおじさん」の立ち位置だ。しかし、そこはKenny Beatsマジックで随所に仕掛けがあって聴いていて飽きないし、BoomBapに馴染みがなくても余裕で聴ける。日本の漫画、アニメが大好き(だけどベジータだけは絶対に認めない)Denzel Curryのカラーも爆発し、随所に日本ネタがもとい日本語が盛り込まれているのが最高。 なんと伊藤潤二先生の『うずまき』を題材にした"Take_it_Back_v2"や日本語フックが冴えている”Diet_”が良い。

なんと24分のフルアルバムMVというかかなり凝った短編映画がついていて、そこではアルバムのコンセプトや二人の世界観がかなり分かりやすくなっているので超オススメ。マスト。


10. Nas
"King's Disease"

2020年は数々のベテランが素晴らしいアルバムをリリースした年でもある。「おっさんばかり」と批判を受けたグラミー賞のベストラップアルバム。しかし、ノミネートされたFreddie GibbsとAlchemist大先生の"Alfredo"、遅咲?なJay Electronicaの見事なカムバック作"A Written Testimony"、Royce da 5'9"の"The Allegory"はどれも良作。ノミネート外でもベテランは大活躍。ジョージ・フロイドさん事件で一躍脚光を浴びたRun The Jewelsの"RTJ4"は内容もタイミング的にもBLMの申し子な作風+予言めいたアルバムだった。

更に後述するEMINEM先生の相変わらずワーカホリックな仕事っぷりがうかがえる”Music To Be Murdered By”のデラックス版もとい真の"Music To Be Murdered By - Side B"も大変良い仕上がり。Jadakissの"Ignatius"もまとまりのあるNeo Boom Bapなアルバムだったり、バスタ・ライムス師匠やPublic Enemyまで良い新譜をリリースして主にHIPHOPおじさん達を喜ばせた。

その中でもやはり真打というか、自分でKing's Diseaseって言っちゃうNasのアルバムだけは挙げておきたい。前作"Nasir"(2018)はカニエとのタッグ、今回は今をときめく最強プロデューサーHit-Boyとのまたも最強タッグ。ゲストも錚々たる面々が勢ぞろいで豪華絢爛ながら締まったNeo Boom Bapアルバムとなっている。BLMの文脈から生まれた“Ultra Black” で披露されるキレキレのラップは未だにKingであることを漂わせる堂々たる風格。

Big SeanのラップとDon Toliverの野太いフックが特徴的なほろ苦ソングの"Replace Me"、往年のNasファミリー勢ぞろいの"Full Circle"など Nasファン的にはこれ以上ない内容になっている。


次点. Open Mike Eagle
"Anime, Trauma and Divorce"

80年生まれのOpen Mike Eagle、中堅を越えてベテランの域に突入してきた世代のラッパーが、突如なりきりおじさんとしてこのアニメ、トラウマ、離婚に言及した奇妙な作品をリリースした。

"I’m a Joestar"では自分をジョジョの奇妙な冒険のジョースター家の一員だとのたまい、 ロサンゼルスに住むアフリカンアメリカンの主人公になりきってストーリーを展開する。(スタンド名はブラックマジック)"Headass (Idiot Shinji)"ではエヴァのパイロットになりきり、"SweatpantsSpiderman”ではマイルズモラレス君(スパイダーマンの少年)のメンター的存在としてスパイダーマンを導くおじさんになりきる。なりきりをすることが「壊れた」自身を見つめ直す、いわばセルフカウンセリング的なコンセプトとなっている。そんな内省的なリリックを心地良いLofiビートに乗せているので、すっと耳に音楽が入る。内向きになりがちなコロナ禍を更に内向きにする不思議なステイセーフなアルバム。オススメ曲は上記3曲に加えて1曲目の"Death Parade"(元ネタのアニメあり)カートゥン風のMVも良い。

直接関係はないが、同じジョジョネタなら今年は"JoJo Pose"という曲がTikTokでもバイラルヒットして話題になった。世界中でジョジョが流行ったことも伺わせる現象で、アニメ化+世界配信の時代はやっぱり凄い。荒木飛呂彦先生にリスペクト。


番外編

ベスト10+1以外で好きなアルバムを紹介します。

その他1 Jessie Reyez
"BEFORE LOVE CAME TO KILL US"

HipHopアルバムではないけども、ラップもするシンガーだしEMINEMや6LACKがフューチャーされていることもあって選出。何故今回のグラミーに入らなかったのか良くわからないが、力強い歌唱と癒しのバイブスの合わせ技にやられた。コロナ禍によるツアーやコーチェラのキャンセルが何とも惜しい。上記の"RUDEBWOY"、"Black Habits"やThe Weekndの"After Hours"と共に3~4月の第一次コロナ禍に良く聴いた作品。2020年の再生回数たぶん一番。"COFFIN feat. Eminem"、"LOVE IN THE DARK"などしっかり歌い上げる曲から"ROOF"や”ANKLES”のように激しくラップする曲も。デラックス版にはヒット曲FarAwayにA Boogie wit da HoodieとJIDがフューチャーされた”FAR AWAY II”が収録されているのでそちらも。

その他2 Action Bronson
"Only For Dolphins"

作家、俳優、シェフ、司会業と多彩で中堅からベテランに差し掛かるAction Bronsonの新作。The Alchemist先生やHarry Fraudに自身も加わってプロデュースしたビートの雑食性は今回も健在。奇抜なジャケでキャンセルせず、このカラフルなアルバムを楽しんで欲しい。太りすぎでダイエット中とのことで、このご時世もあって健康問題も気になる。

その他3 EMINEM
"Music to Be Murdered By – Side B (Deluxe edition)"

2020年にリリースされた"Music to Be Murdered By"のデラックス版、通称"Side B"と呼ばれるアルバムだが、こちらがまぎれもなく真バージョンであり、もっと言えば”Side - A”扱いの先行でリリースされたものよりずっと良い。Nasやバスタ同様におっさんしか聴いてなかろうが良い物は良い。新曲が16曲追加され、そのどれもがかなり洗練された曲になっている。EMINEMと同年代のラッパーでEMINEM以上に毎年精力的に活動している者などいないからラップゴッドなのだ。その相変わらずな貫禄に加えて、今作はドレー比率高めなため、「かつてのEMINEMさん」的な懐かしさがある。特に "Discombobulated"は注目曲。通して聴くとまあまあかなと思っていたSide - A(故Juice Wrldとの共演曲"Godzilla" (featuring Juice Wrld)などが収録)も良く聞こえてくるから不思議。


その他4 Medhane
“Cold Water”

ソウルネタのサンプリングをいい塩梅にアブストラクトに組み替えざらつかせたビートが心地よく耳に響くMedhaneの2ndフルアルバム。同じブラックリンのPop SmkeやPro Eraとは全く違う作風で、内相的で自身と向き合う曲がメイン。曲を重ねるごとに鬱屈とした心を解き放つようにテンションが上がって高揚してくる。

その他5 J Hus
"Big Conspiracy"


2020年のUK枠。ロンドンでの過酷なストリートライフを綴ったリリックを様々なUKダンスシーンが連なった多様性ビート(通称AfroswingまたはAfrobeats)に乗せて吐きだす95年生まれの若手。1stの”Common Sense"(2017)も素晴らしかったが、その後逮捕されたりして沈黙。ようやくの2ndとなったが勢いはそのまま、郷愁すら感じさせるメロウで洗練された作品となっている。タイトルも2020年にバッチリ。

・2020年ベストシングル SahBabii "Double Dick"

2020年色々な意味でCardi BとMegan Thee Stallionの"WAP"を超える曲はない…のでは。または同じMegan Thee StallionとビヨンセのSavage Remix (feat. Beyoncé)もTikTokではかなりのバイラルヒットを飛ばした。なんと言ってもグラミー賞は絶対に故Pop Smokeの"Dior"が獲って欲しい…。が、そんな中あえて、”WAP"への対抗馬的にオススメしたいのがSahBabiiの"Double Dick"という珍曲だ。

浮遊感強めな心地よいビートに一体何をラップしてるんだという正直な感想。パトカー出動のMVも衝撃的だ。だが、心地よく、明らかに癒しの波動を感じる。コロナ禍まっただな中に大変フィットした。シングル自体は3月にリリースされ、その後に出たアルバムがまた全体的に浮遊感たっぷりで心地よいので大変オススメ。本当に良いアルバム。


・長い後書き

2020年のベストアルバムを決めるにあたってまず、この年の悲しい訃報や事件に触れたい。この年もあまりにも若く、有望な命が多く失われてしまった。特にPop Smoke、 King Von、FBG Duck、Mo3らはこれからてっぺんに向かう昇り竜のごとく勢いで活動していたので、死因も含めて非常に悲しい知らせだった。

また、新型コロナウイルスの合併症でFred the Godsonが亡くなり、Geto BoysのScarfaceが腎不全の重体となったことも衝撃であり、この病の恐ろしさを肌身に感じさせるものであった。

そして年明けに駆け巡ったMF Doomの死去のツイートは今も信じたくない訃報だ。

KMDのZev Love Xとしてキャリアをスタートさせ、ソロデビューアルバムのOperation: Doomsday(1999)から Mm.. Food(2004)、Born Like This (2009)、そしてMadlibとの共作Madvillainy(2004)、 Bishop NehruとのNehruvianDoom(2014)、WestsideGunnとのWestSide Doom(2018)…など、アルバム単位ですらフェイバリットを挙げたらキリがないのだが、サンプリング主体のビートメイクと銀のマスクの風体とその意味は日本に住む自分に果てしなく多大な影響を与えた。

あまりにも偉大な存在の喪失と、彼がいかに広く愛されていたかを実感しつつ2021年を始めることになってしまった。

詳しくはXXLがまとめたRest in Peace to Rappers We’ve Lost in 2020をご覧いただきたい。https://www.xxlmag.com/rappers-deaths-2020/

2019年のベストを決める時はぼそぼそとカニエが大統領選挙に出そうとか、大統領選をめぐって混乱が起きないと良いななどと書いていたが、読み返すと余りにものんきすぎて恥ずかしくなった。世界中では未曽有のコロナ禍、特にアメリカでは感染拡大を止められず死者数は増加していった。更に警察権力の横暴・怠慢とヘイトクライムが招いたBLM運動の激化、大統領選挙をめぐる混乱と陰謀論が渦巻いた激動の1年であった。

HIPHOPをとりまく環境は大きく変わった。ステイホームでの宅録、スタジオワークの変化、ライブ、ツアー、フェスの中止やクラブの営業停止など、多くのアーティストや音楽業界で働く人々の雇用やメンタルに大きな影響を及ぼし、特に3月以降に書きおろされたリリックにはコロナ禍とBLMに言及したもので溢れた。

アーティストは各々が、大きなところでは配信型のライブ、身近なところでは自宅からYouTube、Instagram、Twitchを使った配信に活路を見出そうとした。配信ライブそのものは真新しいことでもなんでもないが、今後アーティストの生命線、収入インフラにしなくてはという緊張感が当初は漂っていた。

残念ながら、巨大トラヴィス・スコットのフォートナイト登場を含めて、1年経った今でも日本ではライブ配信がそれほど定着しているとは言えない。Instagramライブでアーティストが自身の曲を流してBANされるという珍事もたびたび見かけた。数々のバイラルヒットを生み出したTikTokが投げ銭、収益化に関してはまだまだ進んでいない、そもそも長尺TikTok LIVEがそこまで流行っていないところも影響したように思う。

日本ではceroやBAD HOPが先駆けたコロナ禍での無観客の配信は、普段チケットが即完売になったり、遠方でしかライブをしない国内外の人気アーティストのライブを気軽に家で視聴出来ること、そこから間口を広げる可能性を感じさせたものの、同時に、アーティストにとっても客にとってもライブ体験自体を動画配信には置き換えられないという現実も突きつけられた。スマートフォンではなく、大画面のTVやスクリーンで視聴することでライブ感は多少増すが、TVリモコンやFirestickを使って視聴用URLに行きつくまでが非常に煩雑で何度も心が折れそうになった。これはただの愚痴だが、特にLIVEWIREのシステムはもっと改善の余地があるので何とかして欲しい。システムインフラ側がもっとアーティストとユーザー側に寄り添った仕組みを構築していかなければ普及は進まないだろう。ただこれらの問題はあと一歩、あともう少し使い勝手良く改善されれば状況は格段によくなるところまで来ているので、今後も期待したいと思う。

もちろんリスナー側にも大きな影響を及ぼしたコロナ禍。ワークフロムホーム以降は作業BGMとして、あるいはメンタルヘルスを整えるための音楽を求めてLofi-HipHopやInstrumentalが何度目かの再流行した。この流れはクラブやカーステレオでの視聴を前提にしたミックス、マスタリング、あるいは楽曲そのものに少なからず影響するだろう。クラブで体の芯を震えさせる重低音好きとしては寂しさもあるが、同時にLofi経由からのBoomBap回帰を感じられる作品が多かったのは嬉しい。808のベースが軸になるTrapはどうなるのだろうか。

本当に長すぎる後書きになってしまったが、これほど大変な中でも、リリースライブやツアーすら出来ない、収入が先細りする苦しい状況下でも、アルバムを作り、曲を配信し、命を削るごとくコンテンツを提供し続けてくれたアーティスト達には感謝の気持ちでいっぱいになっている。彼らがいなかったらステイホームもワークフロムホームも成立などしなかった。アートやエンタメは生活必需品なのだと改めて実感し、また、それらを軽視しがちなこの国の行政や政治家を睨みつけながら、誠に僭越ながら、2020年のベストを選考した。HIPHOPが2020年も素晴らしい作品を世に残したことを少しでも注目して頂ければ幸いだ。そして必ずクラブやライブハウスという場が戻ってくることを願っている。それまで健康でいましょう。

終わり。

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