「旅の思い出」【愛の◯◯@note】
何気なくテレビを見ていたら、
「ちょっと来てアツマくん!! テレビに米子(よなご)が映ってるわよ」
呼ばれてテレビの前までやって来たアツマくんが、
「おー、ほんとだ。旅番組で米子特集か」
「なつかしいわね」
わたしが言うと、アツマくんもソファに腰掛けて、
「だな。なつかしいな」
「ちょうど1年前よね」
「山陰旅行におまえと2人で行った」
旅番組の出演者が皆生(かいけ)の街を歩いている。
見覚えのある情景だった。
わたしたちの山陰旅行でお泊まりしたのが、皆生温泉の旅館だったのだ。
「皆生は海が間近にあって、ロマンティックだった」
そう懐かしんでみるわたし。
「ロマンティックかー。ずいぶんとロマン派なんだな、おまえも」
「決めつけないでよ」
「でも『ロマンティック』って言ったじゃねーか」
「うるさいわね」
「こらこら。攻撃的になるんじゃない。もっとテレビ画面を見ろ」
わたしはテレビ画面を見ず、アツマくんが着ているシャツを睨みつけた。
猫だったら噛み付いているところだ。
× × ×
昨年末の山陰旅行はアツマくんの卒業旅行も兼ねていた。
東海道新幹線と伯備線(はくびせん)を乗り継いで米子駅まで行き、タクシーに乗って皆生温泉に向かった。
そして、温泉に入ったり、熱燗を飲みながら美味しい魚料理を食べたりして、それからそれから……だった。
翌朝早起きして、海の音が聞こえる温泉にもう一度入って、それからそれから島根県松江市へと向かった。
松江駅の隣にあった一畑(いちばた)百貨店というデパートは、2024年の1月で閉店してしまうらしい。残念ね。
松江駅からバスに乗ったわたしたち2人は、国宝・松江城の前で降りて、お城の頂上まで登って、それからそれから出雲そばのお店に行って、「割子(わりご)そば」をたらふく食べた。
「……ウットリとした眼になってんな。旅番組はとっくに終わってんのに」
「あなたには情緒が無い」
「はあ?」
「山陰旅行の思い出に浸ってたのに」
となりのアツマくんの左拳をキツめに握って、
「わたしと旅の思い出を共有してよ」
「共有するったって」
「共有してったら共有してっ!!」
「急に言われても」
「どうしてあなたはそんなに共有できないの!?」
困ったアツマくんは、
「去年の旅の感想とかを……言えばいいんだろうか」
「それでもいい」
5分間シンキングした彼。
彼の口から、
「皆生の旅館に泊まったとき、おれもおまえも熱燗をずいぶん飲んでたよな」
というコトバ。
「熱燗がどーかしたの」
「おれもおまえも浴衣を着て飲んだり食ったりしてたわけだが」
「……?」
「愛、おまえはおれよりもかなり酔っていて」
「酔ってた?? そ、そーだったかしら」
「そのとき感じたんだ」
「な、なにを感じたの」
「『ああ、愛のヤツ、美『少女』はもう卒業したんだなぁ……』って」
「はぃ!?!?」
「『『美少女』を卒業して、『美女』に入学したんだなあ……』って」
脈拍が速くなってきた。
アツマくんのせい。
「あ、あ、あなた、あのお宿に泊まったとき、わたしをそんなふうな眼で見ていたの」
彼は残酷にもわたしの狼狽(うろた)えに構わず、
「それから1年経過……おまえはますます、美女になって」
「な……なにを……言い出すの」
「もっと具体的に言ってやろうか?」
わたしはピンチになって、
「ぐっ具体的に言うのは、ゴハン食べてからにしない!? ねっ!?」
と、ソファから立ち上がり、キッチンに行こうとするのだが、
「今日はおれも手伝うよ」
という声が背中に突き刺さってきたから、さらにピンチに。
追い込まれて、苦し紛れに、
「あなたがとなりに立ってると……お魚、さばけない」
「じゃあ、おれがさばいてやろっか」
「ホンキで言ってるの!?」
「おいおーい、声が果てしなく裏返ってんぞー」
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