「メンデルスゾーン強烈に」【愛の◯◯@note】
ぶなしめじのたくさん入った炊き込みご飯を食べていた。
「美味い美味い。ぶなしめじが一味違うんだな」
炊き込みご飯を作ってくれた愛に言ってやる。
が、
「あなたにぶなしめじの味の違いが分かるの?」
と容赦なく言ってくる愛。
「わ、分からぁ」とおれ。
「アツマくん、なんだか慌ててる〜」と愛。
「うるせー」
「捨てゼリフ〜〜」
「コラッ!!」
完食後、熱いほうじ茶を飲みながら、
「本当に美味しかったんだからな。嘘はつかんぞ」
「分かってるわよ」
愛はそう笑顔で応答し、
「あなたが炊き込みご飯を『美味しい』って言ってくれる幸せは、何物にも代えがたいわ」
「ホンマかいな」
「ホントよ!! 関西弁使ってフザケないでよ」
× × ×
「とっとと読書タイム始めるわよ、アツマくん」
「おいおい今7時55分だぜ。8時になるまで待とうや」
「細かいわね」
「時間はきっちり区切りたいんだ」
「マジメすぎ〜」
「あのなー。相対的におまえがフマジメすぎるんだよ」
「なんですって!?」
「まーた太字で怒った」
「……」
背中を向けた愛が、本棚にずんずん歩いていった。機嫌をどれだけ損ねているかは分からない。
本棚から本を抜き取った。背表紙の『柳田国男』という文字が見えた。
「フーン、柳田国男か。おれ、『遠野物語』を読もうとしたことがあるけど、読みにくくって途中で断念したんだよな」
「それはアツマくんの読書の能力が足りないのよ」
厳しいコトバを浴びせてきたかと思えば、リビングの奥に腰を下ろし、壁に背中をくっつけて、柳田国男を開き始める。
「わたしは柳田国男の『山の人生』を読むわ。あなたは?」
「柳田国男よりは易しい本を読む」
「そんなことでいいの」
「いいことにする」
× × ×
柳田国男よりは読みやすいと思われる新書を読むことにした。
にしても、読書の能力、ねぇ。
難しい本を読むチカラがなかなか身につかない。柳田国男の本がどの程度まで難しいのかは分からんが。
新書を読む手を止めて愛をウォッチングしたら、ものすごーく集中して柳田国男を読んでおられた。集中力も読解力もピカイチなんだからなあ、このカリスマ女子大学生は。
「アツマくん手が止まってるわよ。9時になるまでにあと100ページ読めなかったら、明日の朝ごはんのオカズ1品抜き」
「おいおい、8時35分なんだぜ? 100ページも読むなんてキツいぜ」
「やればできる」
「いいよ別に。朝飯のオカズが1品減ったって」
ぷくー、と頬をふくらませる愛。
なにがそんなに不満なのか。
頬のふくらませかたが可愛いからいいんだが。
× × ×
「アツマくん」
「なに」
「音楽」
「音楽?」
「ニブい!!」
「ひゃあ」
「『ひゃあ』じゃないわよっ。読書の次は音楽鑑賞するって流れだったでしょ? 今月は」
「そういや、そんな流れになってたな」
「グズグズしてると9時15分になっちゃうわよ。9時15分きっかりに音楽を流し始めたいの」
「なんでいきなり時間にシビアになる」
「あなたの影響」
「?」
「文脈を読んでよ、文脈」
「文脈ってなに」
そう言ったら、足を踏んづけてきやがった。
獰猛(どうもう)。
× × ×
「強烈にメンデルスゾーンの交響曲が聴きたくなってきたわ」
「『強烈に』ってなんじゃいなー」
「あなたはわたしをピリピリさせたくて仕方がないわけ!?」
「んー、そーゆーわけではないが」
ソファに座っている愛を間近から見下ろして、
「炊き込みご飯でお腹いっぱいだから、交響曲なんか聴くと、お腹いっぱいいっぱいになっちまうかなー、と」
「交響曲をごはんに喩(たと)えないで」
ムカつき気味の愛は、
「アレなの!? アツマくんは、お腹いっぱいだからメンデルスゾーンを拒絶するの!?」
「拒絶とは言ってない」
「あーもう。メンデルスゾーンがどんな生涯を送ったか、あなたにインプットさせたくなってきたわ」
「音楽を聴こうぜ。メンデルスゾーンの人生は、メンデルスゾーンの曲が教えてくれるんだ」
「……ちょっと待って。あなた、メンデルスゾーン聴くのはイヤじゃなかったの」
「交響曲以外ならば、胃もたれしない」
「ぐ、具体的には、メンデルスゾーンの、どれを……」
「んーーーっと」
「ま、まさか、具体的な曲を思い浮かべないで言ったわけ」
「ちょい待ってくれや。なーんか、有名な曲あったろ? ほら、協奏曲的な」
「……『あの曲』のこと?」
「おまえなら知ってるんだよな」
「知ってるけど、あなたが曲名を思い出すまで待機する」
「うおー、どういう焦らしプレイだ、それ」
「焦らしてるのはどっちよっ!!!」
ついに立ち上がった愛に、抱きかかられながら、強烈なパンチを食らってしまった。
ナハハー。
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