邪なるアイドル、クロちゃん #04

水曜日のダウンタウンの企画「モンスターアイドル」
みんなの憎しみを一身に引き受ける、クロちゃん。
日々ワイドショーやネットニュースで悪意の発散先を探している一般人や、潜在的に悪意を抱えている人々が、SNSでお手軽に石を投げつける。
あいつらは、処刑を見たいだけだ。自身で手を下す重みも知らないくせに。
いや、知ろうとしていないだけかもしれない。なぜなら知ってしまうと、もうクロちゃんで悪意を発散することができなくなってしまうから。

炎上は“起きる”ものではない。いわゆる一般人がお前の手で起こすものだ。
炎上させられた人の“悪行”が根源的なのではない。いわゆる一般人が日常生活で発散させることができずに溜め込んだストレスの腐臭こそが、根源的だ。
あいつらは、転んだ人間を決して逃さない。

クロちゃんは、有名人を目がけて腐臭をまき散らさずにはいられないこのような連中の攻撃を、一身に引き受ける避雷針といえる。
“聖なる”アイドルから癒しを得ようとする受動的な一般人の欲求と、“邪なる”アイドル・クロちゃんへの積極的・攻撃的な一般人の欲求は、好対照をなす。
「モンスターアイドル」最終回のライブ中のあの構図、聖なるアイドルと邪なるアイドルの存在を交互に見せられる演出は、視聴者への問いにもなっている。
あの構図を目の当たりにしてなお、クロちゃんへの“お仕置き”を笑っていられるようなやつは、なんというか、絶望的だ。

またクロちゃんは多くの視聴者が気づいているように、番組が求める演出に“乗っかって”いってる節がある。番組側もその乗っかりを信頼してクロちゃんの行動に企画のキモを託していることが見受けられる。
たしかに、クロちゃんは嘘つきなのだろう。自身がプロデュースしたアイドルたちとも、実際に付き合いたいという気持ちはあったのだろう。
しかし、クロちゃんが「モンスターアイドル」の企画を面白いものとして成立させるために、節々でわざと気持ち悪い言動・行動をしていることは、一連の企画の流れを見ていれば、容易に読み取れるだろう。おそらく、ほとんどの人はこのことを読み取っていたのではないかと私は思う。
ここ数年“ヤラセ”問題があんだけ騒がれてきたのにも関わらず、ここではクロちゃんの行動や番組の演出へのいつもの“ヤラセ”批判がSNS上では影を潜めている。
このことが何を意味しているのかというと、演出が嘘か本当かなんて視聴者にとっては全くどうでもよく、攻撃の正当性を担保してくれるような“社会悪”がそこにあるかどうかが重要だということだ。

ヤラセや不倫や不祥事やクロちゃん、その内容は多くの視聴者にとってはほとんど同じようなものであり、問題ではない。社会悪というレッテルを貼られたむき出しの燃料に、薪をくべて眺めているだけ。
彼らにとって、自分に直接関係しないことはすべて勧善懲悪のエンタメなのだろう。この(おそらく)現実を、私はポジティブに受け取ることが、難しい。しかし人気番組内でこの構図をむき出しにするような問いを投げかけられたということ自体が、この構図を乗り越える希望にもなっている。

一般人が抱える行き場の無いストレスと勧善懲悪エンタメの構図を、どのように良い方向にもっていかないといけないのか。私は現実の屈曲に沿って考えないといけない。

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