民法 無権代理と相続

1.問題の所在

 本人と無権代理人の資格が相続により同一人に帰した場合、その直前まで存在していた無権代理をめぐる法律問題に変化が生ずるのかどうか。

 相続法の原則からは単純に同一人格中に本人・無権代理人双方の資格がそのまま併せて帰属する状態となるだけで、それ以上でも以下でもない。

 しかし議論されているのは、このような無権代理人と本人の資格が同一人に帰すことになった場合、行為時にはなかった代理権があとから当然に追完されることになるのではないか、あるいは本人の追認拒絶権の行使は許されなくなるのではないかということである。(SシリーズⅠ)

2.事例類型

(1)本人死亡の場合

   (ア)単独相続 (イ)共同相続 (ウ)本人が追認拒絶した場合

(2)無権代理人死亡の場合

(3)本人および無権代理人死亡の場合

 ①無権代理人死亡→本人死亡

 ②本人死亡→無権代理人死亡

  

3.判例等

(1)本人死亡の場合

(ア)単純相続

 判例は、「無権代理人が本人を相続し・・・資格が同一人に帰するに至った場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたもの」として、代理行為が当然に有効なものとなるという。(資格融合説)。

(イ)共同相続

判例(百選Ⅰ36事件)

 ①無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属する

 ②無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係で有効なものにするという法律効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではない。

③そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても

④他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。

(ウ)本人が追認拒絶した場合

判例は、この場合は無権代理人による相続があっても無権代理行為が有効となることはないとし、その理由を、「本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し」、その後は本人であっても追認することはできず有効とはできないのだから、無権代理人が相続しても追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすことはないという。(最判H10.7.17)

(2)無権代理人死亡の場合

本人が無権代理人を相続した場合においては、相続人たる本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではない。(百選35事件 最判S37.4.20)

続けて判例(最判S48.7.3)は、

民法117条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らか。

このことは本人が無権代理人を相続した場合でも異ならない。

本人は相続により無権代理人の右債務を承継する。

本人として無権代理行為の追認を拒絶できる地位にあったからといって右債務を免れることはできない。

とする(無権代理人が本人の代理人と称して連帯保証した金銭債務について無権代理人を相続した本人に117条の履行責任を認めたもの)。

ところで、

本人に追認拒絶が認められるとして、しかし117条の要件が充足され無権代理人を相続した本人がその責任を負担すべき場合に、相手方が「履行」を選択できるとすると、たとえば、履行の内容が本人所有の物の引き渡しであるときは、せっかく本人の立場での追認拒絶が認められながら、物の所有者として本人は結局は物の引渡債務を履行せざるをえなくなる結果となる。

この点について学説は、

類似の状況となる事案(他人物売買において売主が死亡し、その他人つなり目的物の所有者が売主を相続した事案(最判S49.9.4)において

目的物所有者は相続により売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様に売主への権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん、これによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが、相当である。

と判示したことを引用し、

本人の無権代理人相続の場合も、本人は、特定物の給付については履行を拒否できることになると主張している。この場合、結局本人は117条1項の損害賠償責任を負うことになる。

(3)本人および無権代理人死亡の場合

①無権代理人死亡→本人死亡

無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合においては、当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はな
く、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのが相当である。けだし、無権代理人が本人を相続した場合においては、本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、右のような法律上の地位ないし効果を生ずるものと解すべきものであり、このこと
は、信義則の見地からみても是認すべきものであるところ、無権代理人を相続した者は、無権代理人の法律上の地位を包括的に承継するのであるから、一旦無権代理人を相続した者が、その後本人を相続した場合においても、この理は同様と解すべきであつて、自らが無権代理行為をしていないからといつて、これを別異に解すべき根拠はなく、更に、無権代理人を相続した者が本人と本人以外の者であつた場合においても、本人以外の相続人は、共同相続であるとはいえ、無権代理人の地位を包括的に承継していることに変わりはないから、その後の本人の死亡によつて、結局無権代理人の地位を全面的に承継する結果になつた以上は、たとえ、同時に本人の地位を承継したものであるとしても、もはや、本人の資格において追認を拒絶する余地はなく、前記の場合と同じく、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのが相当であるからである。(最判S63.3.1)

②本人死亡→無権代理人死亡

 ①の論理によれば、本人を無権代理人とともに相続した者が後に無権代理人を相続するパターンの場合には、追認拒絶は本人の資格ですることが許されることになろう(SシリーズⅠ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?