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タイ映画『風の前奏曲』

ドラマBad Buddyで演奏シーンが印象的だったタイの伝統楽器ラナート。
そのラナートをテーマにした映画があるとTwitterで教えていただきました。

『風の前奏曲』
原題 โหมโรง 英語題 The Overture
イッティスーントーン・ウィチャイラック監督 2004年作品
映画 風の前奏曲 (2004)について 映画データベース - allcinema

ラナートという名前の木琴。Bad Buddyを観るまでは、その音を”タイっぽい音色”と認識しつつも、こういう名前の楽器から出ているものだとは分かっていませんでした。

私たちがイメージする木琴と違う点は、鍵盤が箱型の共鳴箱に吊るされているところ。吊り橋の踏み板のようにつらなった形状の鍵盤は、箱から外せばくるくる巻いて持ち運ぶことができるのです。

映画は実在のラナート奏者シーン・シラパバンレーン師の生涯を自由に脚色したフィクション。物語は彼の幼少期から始まり、真の音楽に開眼する青年期と、戦時下の文化統制に苦労する老年期を自在に行き来しながら進んでいきます。

ファーストショット、幼いソーンが蝶を追いかけて楽器の倉庫に入り、父のラナートを発見する。端正で美しいこのシーンを目にした時は、”岩波ホールで上映するような真面目な文芸映画なのかな”と思いました。この予想はいい意味で裏切られます!

極めて上品に俯瞰的にソーン師の生涯を切り取っていく点では確かに文芸映画です。でもこの映画の真の目玉は音楽バトル…そう、ラナートを中心とした楽団同士が、”競演会”と称して火花を散らして勝負する場面なのです。それはまるで少年漫画の戦闘シーンさながら。撮り方もケレンミたっぷり、劇的な盛り上がりと共にががーっと人物にトラックインするカメラワークはインドの娯楽映画顔負けです。

熱い音楽バトルは作中何度か登場します。地方での県対抗競演会。バンコクで街の人々の前で行われる競演会。そしてクライマックス、王族2人がそれぞれが有する楽団を戦わせる競演会。

この作品の音楽がすばらしいのは、タイの伝統音楽に暗い私の耳にも奏者の音色の違いが明白に分かる点です。

山場の大勝負、ラスボス的存在の名人クンインはスピーディな超絶技巧を駆使しながらもどこか重厚な音色。対する青年ソーンの音は清涼な響きで新しい時代の息吹を感じさせます。
奏者が全力をふり絞って競う様はまるで巫力(ふりょく)を出し切って戦うシャーマンファイトのようです。

もう一つ興味深かった点は主人公老年期のタイの世情。
タイでも戦時中に文化が厳しい統制を受けていたのですね。欧米流・現代風を良しとして伝統音楽が迫害される様は、日本の文明開化直後の風潮や、太平洋戦争下の検閲を思い起こさせます。

この老年期編で印象的だった脇役が、文化統制の責任者である中佐です。文化条例を作って伝統音楽を抑圧するイヤな野郎ですが、芸術が分からない無粋人ではない様子。むしろワルツを愛し、部下にブランデーのたしなみ方を講釈する人物です。そしてソーン師の奏でる音楽の真価も実は理解していることをうかがわせます。こういう軍人は昔の日本にも存在していたんじゃないでしょうか。大杉栄を殺害した甘粕大尉が、映画を愛する文化人の顔を持つアンビバレントな人物であったように。

タイ沼の方々に広くおススメしたいこの作品、残念ながら(私の探し方が悪いのかもしれませんが) 現在どこの配信サービスにもタイトルが見当たりません。TSUTAYAの実店舗レンタルは調べていませんが、DMMの宅配円盤レンタルにはありました。
私は音楽映画はリピしたくなるのが常なのでDVDを購入して視聴しました。DVDには字幕・吹替え両方収録されています。

タイ沼の住民数がこれだけいる今、どこかの配信サービスが権利を買って配信してくれることを願っています!

(画像出典:日本版DVDカバー)

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