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cheerioの超個人的レビュー第29回『河田純子:輝きの描写』

ご無沙汰しております。チェリオです。今回は河田純子さんの1989年3月1日発売デビュー曲『輝きの描写(スケッチ)(作詞:森雪之丞 作編曲:後藤次利)』に絡めて、同年8月21日発売1stアルバム『あしたてんきになあれ』についてもさらっと綴っていきたいと思います。

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河田さんは74年11月生まれなので僕と同じ歳、同じ学年になります。田山真美子さんは74年生まれですが、3月生まれなので学年としては1つ上になりますね。

と、田山さんを引き合いに出したことで、すでにお気づきだと思いますが、「楽天使」の中では、僕は圧倒的に田山さん派だったんです。河田純子さんについては、同級生の順ちゃん(男)が好きだったアイドルという認識です。「じゅんちゃんが好きなじゅんじゅん」みたいな。。。。そういうわけで、当時はシングル曲をさらっと聴く程度だったんですね。
当時は同級生の間でファンの分業制(笑)だったので、自分が好きで購入した以外の音源については、同級生が購入したアルバムをテープに録音して聴きまわすということをしていました。なので、このアルバムも聴いていたはずなんですが・・・シングル曲と、アルバムタイトル曲程度して覚えていなくて。

そういうわけで、自分にとって河田純子さんは、大人になって再度聴き直したアイドルになります。

そんな状態でも『輝きの描写』は結構強力に覚えていました。歌詞もメロディもいいんですよね。冬の時代前夜の成熟した感じというか。

大人になって、感じたことがいくつか。既に指摘されていることではありますが、

「恋とか青春とか 大人たちの言葉
使うと何かが 壊れるから」

「勇気をふれあう ボク達の言葉は
ただ 輝きだけ」

「未来を信じる ボク達の言葉は
ただ 瞳の中」

やっぱりこの部分は秀逸だと思います。恋とか青春とか、その真っ只中にいる時は、確かにそういう言葉に実感がわかないものだと思います。「あぁ、今青春してるなぁ」なんていうのは青春「っぽい」ことをやっている自分にラベリングしているだけで。

ドキドキする気持ちや、どうしようもない切ない感じなどは、無理やり言葉で表現したらそうなるっていうだけで、真っ只中にいる最中はそんなこと表現する必要性なんてない。言葉にならない感情や肌感覚、それが全てではないかと。

でもティーンのアイドルがそれを歌ってしまうことは、「なんてったってアイドル」的な禁じ手というか。アイドルソングを聴いて悦に入ることを初めから拒否しているような。

それでいて、実は一番ティーンに近い感覚を表現しているという、絶妙なんですよね。共感を得るという意味では最も効果のあるやり方かもしれないです。通常は、(今でも大好きな)ジッタリンジンのように風景や状況の描写を重ねていって、その何ともいえないドキドキや切なさをじんわりリスナーに感じさせるのが常套手段何でしょうが(とは言ってもジッタリンジンの1stアルバムのタイトルは『DOKIDOKI』でしたが)。

何でしょうね、メロディのせいなのか、嫌味がなく、さらっと聴けちゃうんですよね。さすが後藤さんという感じです。80年代後期アイドルの曲の中では名曲に入るのではないかと。

ただ、河田さん自身、いい意味で華がなかったんですよね。等身大というか。プレミア感があんまりなくて。そこがファンになるかならないかの境界線だったと思います。まぁ、秋田出身という(それも強烈に覚えていました)ことは、地方の男子にはウケるところだったと思います。AKB以降なら確実にファンが増えるタイプの応援したくなるアイドルではなかったと思います。

あと、当時思っていたこととしては、まだ幼児体型というかスタイルが、リアル同級生な感じだったんですよね。中肉中背というか。女性にそんなこと言うのは大変に失礼なんですが。そういうわけで、自分は田山さん派でした(既に今までのレビューを見ていただいた方には、その辺のセンシティブな感じについては分かってもらえてると思います 笑)。

まぁ、いつものレビューならこの辺りで終わるところなんですが、なぜ今回はアルバムまで絡めようとしているのか。

それは1曲目でいきなり「青春」という歌詞が出てくるから、ではなく(笑)、ラスト3曲が名曲続きだからです。もちろん他の収録曲も捨て曲はなく、どの曲も歌詞もしくメロディに必ずフックがあります。これって当時のアイドルアルバムでは結構珍しいことかもしれないです。それにも関わらずラスト3曲がその良さを超えてくるんですよ。

まぁラスト曲は『輝きの描写』のヴァージョン違いなので、素晴らしいのは言うことなしなんですが。

8曲目『雨よ教えて』。曲調も大人っぽくて先ほどいった等身大とはちょっと離れているんですが。歌詞がですね、ちょっと難解なんです。使われている言葉自体は難しくないんですが。

歌詞の中で、

「RAIN 何故人の心は変わるの?」という部分があるんですが。この心が変わってしまったのは、「自分」なのか「相手」なのか。冒頭に「サヨナラを決めたのは私」という歌詞があるので、さらに分かりづらいです。まぁ相手の心が変わってしまって浮気してしまっているので、私からサヨナラを決めた。というのが無難な解釈なんでしょうが、それでも誰の心が変わって主人公が悲しくなっているのかは、依然として謎です。そこにリスナーのイマジネーションを広げさせる余地があって、心地よいです。

次、ラスト前ですね。『みつめていてください』。これは歌詞もメロディもいいです。特筆すべきは歌詞は河田純子さんご本人です。

等身大的な歌詞というか。悲しい、切ない状況を歌った歌詞なんですけど、何というか・・・さっきも言った通り、肌感覚で感じさせる歌詞なんですよね。リスナーに対して、「ああ、この主人公は悲しいのか」とか、そういう理解をさせるんじゃなくて、じわっと切なくさせるんですよね。ご本人さんがそこまで意識していたとは思わないんですが、偶然の産物というか。感受性が豊かだったんだと思います。純粋というか。だからこそ、芸能人としての欲や(悪い意味での)華がなかったんでしょうね。一人の女性として素敵だと思います。

さて、色々書いてきましたが。冬の時代前のアイドルとしては素晴らしい存在だったと思います。突出した何かがあったわけではありませんでしたが、確実にアイドルとしてのレベルは高かったのではないかと。まあ大人になってからの感想ですので、知らず知らずに大人の目、男性側の目で評価してしまっていると思いますが。

大人になった河田純子さんが歌った動画もアップされてますね。聴き比べしてみていはいかがでしょうか。ちなみに僕は超感動しまくりました!!大人になった河田純子さんは、超素敵になっています!




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