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父記録 2023/5/17 【たま】

5/17
急な夏。
一昨年、去年と大豊作だった庭の桑の実が今年は不作。実は沢山ついていたのだけど、熟す前にみんな枯れてしまった。
夫は、水が足りなかったか、葉っぱを取りすぎちゃったかな、と言う。
桑の葉っぱは亀たちのごはん。夫はリクガメ、ゾウガメ、イグアナなどを飼っている。

数日前、父は40度近い高熱を出した。
肺炎のため抗菌薬を投与されている父がここまでの熱を出すということは敗血症可能性もある、とのこと。

培養検査の結果:特段バクテリアは見当たらない。やや真菌反応ありだが、抗真菌薬使わないで熱は下がったから、空中とかの真菌が紛れ込んで反応した可能性が高い。
問題は痰の量。まだ吸痰の回数が多い。
月末まで様子を見て、方向性を決める。
特養に戻れるのか、療養型病院を探すか。

母とは交代で面会に行くことになった。
毎日会いたいのだけど、二人とも段々と疲れが出てきていた。
たまに一緒に行って三人の時間を過ごそう、ということになった。

【たま】
ひとりの面会は、当たり前だけど静かだ。
テレビの音と父の掠れた声が響く。
「あーあー  むにゃむにゃ んーんー」
ICUを出て転院したばかりの頃は毎日ひとつ食べたいものを言っていた。
コーヒー、ハンバーガー、アイスクリーム…あと、なんだっけ。
胃ろう造設の望みが絶たれて以来、父は食べ物の名前を言わなくなった。
毎日口腔ケアスポンジにジュースを浸して少しだけ舐める。
桃のネクターか、ココア。
ココアの方が好きみたいだ。
父の足を揉む。母のおしゃべりのない病室は静かだ。
先日、牧師のくまさんが父にお祈りをしてくれた。
くまさんは毎日施設にいるお母様に手料理を届けている。お母様は脳の病気を患っていて、喋ることはできないそうだ。
「でもね、枕元で歌を歌うと一緒に歌ってくれるの。言葉は喋れないんだけどね、不思議なもんだよね。」

私も歌ってみるかな…とふと思った。
スマホでYouTubeを開いて「たま イカ天」と検索した。

イカすバンド天国、通称イカ天。
私が高校生くらいの時に放送されていたオーディション形式の音楽番組だ。
それまでは家や店で流れる音楽といえば洋楽だった。ベストヒットUSAは毎週家族で観ていた。
私はずっと洋楽を聴いていたけど高校に入ってからは戸川純や米米クラブ、バービーボーイズなども聴くようになった。
店ではジョンレノンかジャズが流れていることが多かった。両親は日本の音楽は滅多に聴かなかったし、紅白も観なかった。
そんな我が家がなんとなくイカ天を観始めて、『たま』にハマった。三人で夢中になって聴いたバンドは後にも先にも『たま』だけだ。その頃は店でも『たま』のCDをかけていたりした。
どちらかというとアメカジとかハーレー風味のシルバージュエリー屋で『たま』。
今思えばずいぶんとミスマッチだった気もするけれど、気にせず割とヘビロテでかかっていたこともあった。

父の枕元で「らんちう」や「でんちう」、「さよなら人類」を再生して、私も歌った。
「さよなら人類」では心なしか父がリズムに乗っているような気がしたが、たぶん気のせいだろうな。
「さよなら人類」はバージョンが沢山あったから、沢山かけた。
ひとしきり歌いまくってから父に
「うるさい?」
と聴いたら
「うるさいな笑」
と微かな声で微かに笑った。

「国立の地球屋っていうライブハウスに『たま』の人のライブ聴きに行ったの、覚えてる?『たま』の知久寿焼さんておかっぱみたいな頭の人。
確か店を閉める少し前か、後かな。
お父さん、もう歩くのも結構しんどそうで、一生懸命階段降りて、行ったんだよ。
そんなだったけど地球屋のママさんがお父さんのこと、『かっこいいお父様ですね』って言ってくれたんだよ。三人でライブ行ったのなんてほとんどないけど、あれが最後だったね。行けてよかったね。」

ひとりで喋った。特に反応はなかった。
「じゃあ、また明日ね。明日はお母さんと来るね。」


帰宅後、母に報告すると
「たま。懐かしいわね。あれは衝撃的だった。つげ義春みたいな、不思議な感じで。あの頃、あんな音楽他に聴いたことなかったもの。」
と母。
「私、最近また聴いてるよ。やっぱりいいなぁって思うよ」
と返すと
「そうね。本物なのね。」
と母は言った。

〜今日人類がはじめて木星についたよ
ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ〜

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