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父記録 2023/5/4

5/4
晴れ。暑い。夏みたいだけど気分は重苦しい。寝ても疲れが取れない。

2階の窓からゴールドバニーを摘んで花瓶に挿すとブーケみたいになった。
笑ってるような黄色。
15分、ヨガをやった。
ヨガとバラで少し気分が上向いた。
仕事仕事。

18時、病院の前で母と落ち合う。
「毎日あたしとともちゃんに大事にされて、うれしいでしょう〜」開口一番、母は父に笑いながら声をかけた。
今日も父の作ったネックレスを着けている。
桃のネクターを廊下の自販機で買う。
口腔ケアのスポンジに少し染み込ませ、父の唇や舌先につけた。
父はもぐもぐと味わって、幸せそうにふわりと笑った。よかった、今日は嬉しそう。

「お父さん、十二指腸潰瘍で入院した時差し入れしたカステラをね、少ししか食べられないから、ひとかけらをゆっくりゆっくり、それはそれは美味しそうに食べたのよ」
私が小学校低学年のころ、父は十二指腸潰瘍の手術をして、胃を沢山切除した。
以来カステラは父の大好物になった。

ある土曜日、小学校から帰ったら家に誰も居なくて、トイレに血の跡があった。下血して救急車で運ばれたのだ。
昼下がり、がらんとしたお風呂場の横のトイレに鮮血が落ちている光景を今も覚えている。
「全然休みがなかったからね、お父さん入院中毎日病院の屋上で日光浴して、真っ黒に日焼けして帰ってきたの。」

父の入院中、母と二人暮らしの1ヶ月ほど、いつも帰宅するとラジオをかけてひょうきんにツイスト踊ってたお父さんがいなくて寂しいなと思っていた。
「お父さんは明るかったわね。年取って渋くなったけど。」と母。

母「SNS、って言うの?酷いんだってね。悪意の塊だからお母さんはやらないの。」
私「そういう面もあるけどね、いいところもあるよ。うちの店はSNSで発信することで新しいお客さんに知ってもらえたし。」
母はスマホは持たない。インターネットはやらない。それがいいなと思う。
父はインターネット、スマホ、iPadなどにずっと興味を持っていた。
正反対で、喧嘩も多かった二人。
炊飯器が何台も壊れたり、食器棚が割れたりした。離婚届を出しに三人で車で市役所まで行って、私があまりに泣くので思いとどまった、ということもあった。
幼い頃から「今日の二人は仲良くしてるけど、明日は分からない」
「今は二人が作った筏に乗せてもらっているけど、いつかはこの筏を降りるんだな、この筏は二人の筏なんだ」という感覚があった。

「一生を一緒に来たわねえ。お父さんは途中で違う人に代わってもらいたかったかもしれないけどねえ」
母が言った。

何がどうでも二人はカップルなんだと思う。

今日の父は穏やかな顔をしていた。

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