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春めくコッペパン # 青ブラ文学部

今回はこちら、山根さんの企画に参加させていただきます。


よろしくお願いいたします。




 雪が溶けて川になって流れていくし、
 つくしの子がはずかしげに顔を出すし。
昔の歌にあるように、そうやって春というのは訪れるものだと思っていた。

 梅が咲き、桃が咲き、桜が咲く。
 せりやタラの芽、ふきのとうなどの山菜が自生し、菜の花が黄色く咲き誇る。
 春告魚といえばメバル、桃の節句にはハマグリ、ホタルイカもなんか出回るでしょう。
 なんにせよ、「花鳥風月」自然の美しさに春を感じるものだと思っていた。

 とある日曜日、いつもより少し遅めに起きて寝ぼけまなこで朝食の用意をした。いざ食卓に座ると、なんだか違和感がある。なんだろうと思っていたら、しばらくして気がついた。

テーブルの上のコッペパンが春めいている。

 何を言ってるのだとお思いだろうが、私も初めはそう思った。コッペパンが春めくわけがない。しかし実際に、目の前のコッペパンが春めいているのだ。
 恐る恐る手にとってみる。いつものコッペパンとどう違うのかと聞かれても、うまく答えられない。ただ直感としてこれが春めいていることが分かる。
 一度コッペパンをテーブルに置き、深呼吸をした。他に春めいていないかとテーブルを確認する。他の料理や食材に変化はない、いつも通りだ。部屋を見渡してみる。壁の掛け時計と目が合った。変わらず同じ速度で時を刻んでいる。
『お前は春めいていないだろうな』という気持ちで時計に近づく。うん、春めいてない。……って、時計が春めくか! 馬鹿馬鹿しい!! 
 そう思いながらも一応、他のものもチェックする。ソファー、テレビ、クッションも大丈夫、いつも通りだ。
 安心して食卓に座りなおすが、コッペパンはやはり春めいている。もう一度手にとってみた。完全にこのコッペパンは春めいていると確信した。記念に写真でも撮っておこうかと思った。いや、この春めいた感じは写真じゃ伝わらないなと思い止めた。
 よし、食べてみようと決めた。別に怖いとは思わなかった。春めいたものを怖がる必要がどこにあろう。そしてコッペパンを口に入れた。


ほら、ちゃんと春の味がするじゃないか。


(了)



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