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東京に降る雨

また雨が強く降ってきた。もう東京に雨が降り始めて3ヶ月になる。どう考えても今年の天気は異常だ。

Netflixを見ながらアールグレイを飲んでいる彼女が、窓の外に目を移し不安そうな表情でこう言った。

「だから私、東京は嫌だって言ったじゃない。この雨も東京しか降ってないんだよ。下町の方は床上浸水が始まっているらしいし。人はみんな冷たいし。この街はやっぱりどこかが狂ってるんだって」

「大丈夫だよ。降りやまなかった雨は歴史上、一度もなかったんだから。いくら喧嘩をしても仲直りをしなかった僕らがいなかったのと同じだよ」

「変な喩え。でもね、このまま ずっとずっと雨がやまなくて東京中が洪水になったらどうしようとか不安にならない? 東京ってすごくもろいんだよ」

「もし洪水になったら君を背負って東京タワーのてっぺんまで逃げるよ」

「東京タワー? 何言ってんの。東京中が洪水になってるのよ。東京タワーなんて簡単にへし折れちゃうに決まってるじゃない」

「じゃあ、こうしよう。バケツリレーだ。僕が東京の水をバケツですくって君に渡す。君はそのバケツを隣の友達に渡す。その友達はまたその友達に渡す。その友達はまたその友達に渡す。

世界中の友達に協力してもらって、東京中にあふれた水をバケツリレーでアラブの砂漠まで持っていこう。たぶんアラブの人たちも喜んでくれると思うよ」

「みんな手伝ってくれるかしら」

「大丈夫。君は僕には全然友達なんていないと思ってるんだろ。こう見えて僕は実は仲間がたくさんいるんだ。21人もこの企画に賛同して大切な時間をさいて作品を書いてくれた人たちがいるし、それに対して大切なお金を出して買ってくれた人が何百人もいるんだ。みんなみんな、僕の仲間なんだ。たぶんみんながバケツリレーに参加してくれると思う。いやもう参加してくれてるんだ」

「ちょっと意味がわからないところもあったけど、でも、世界中でバケツリレーかあ。あなたが東京の水をバケツですくって私が受け取る。そして私は隣のあなたの仲間にバケツを渡す。するとその仲間が隣の仲間にバケツを渡すってわけね。今ちょっと想像してみたけど、なんだか素敵ね。

でもほら。やっぱりイヤな人っているから邪魔されるかもしれないわよ。みんなで楽しくバケツを渡していると、遠くからわざわざやってきて、バケツをひっくり返す人とかいたりして」

「大丈夫。世の中には必ず僕たち仲間のバケツをひっくり返す人はいつもいるんだ。それはもう仕方ない。

だったらそれよりももっともっとたくさんの仲間を作って、みんながバケツリレーに参加すれば良いんだ。バケツリレーに参加する人たちが多くなってきたら、その邪魔する人たちも途中で『仲間にいれて』って言い出すかもしれないしね」

「ふーん。そんなに簡単にいくかな」

「大丈夫。ずっとずっとバケツリレーを続けて、地道に仲間を増やしていけば、いつかこの東京の水はアラブの砂漠を緑の森にするよ。そしてこのバケツリレーは未来へと繋がってるんだ。やまない雨はない。東京は君が思ってるよりもっともっと良いところだよ」

『東京嫌い(2020)』収録作品

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