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医者は"PCR検査抑制派"なのか?①

Twitterやっていると何度となく飛んでくる言葉の1つに"PCR抑制派"というのがあります。最近は聞かなくなりましたが"(検査)スンナ派"とかもありましたね。

「とにかく検査を!」という声に対して「検査をするだけでは感染抑制に劇的な効果はないですよ」という話をした場合によくこの言葉が飛んできます。

そう言う人たちは「1日あたりこれだけの数をこういう対象に検査すべきだ」という形での提案をしてくれません。そういうことなら、こちらも建設的に議論ができるというものですが。

さて、医師は検査を抑制したいのでしょうか?減らしたいのでしょうか?

まず結論から言えば、多くの医師は「検査を増やす・減らす」という考え方をそもそもしてないのです。考えているのは、「どういう対象に検査をして、その結果で何をするか?」であり、検査件数はそれに応じて結果的に増えたり減ったりするだけ。

臨床医がどういう目でPCRを見ているか、その背景知識と考え方をお伝えしたいと思います。

私は検査抑制派でも、PCRの防疫的利用に絶対反対なわけでもありません。
あくまで実運用するにあたって考慮すべき点は何か、もし実運用するならどのような条件ならば妥当そうか?を考えたいというのが趣旨です。長くなるので、このnote内では検査精度とPCR陽性とは?に関してのお話にとどまっています。

検査精度って?

検査にはめちゃくちゃ大事な基本事項があります。

・感度、特異度

・検査前(事前)確率、検査後(事後)確率

というものです。

↑のページに分かりやすく書いてあるのでもうこれ読んじゃえば良いじゃんって感じなんですけど、まぁいいや、続けます。

検査には、感度、特異度というものがあります。

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感度とは、病気の人を何人正しく陽性と判定できるか?を示す数値。A/(A+C) ×100(%)で計算できます。

特異度は、100人病気じゃない人がいたら何人を正しく陰性と判定できるか?という数値。
D/(B+D) ×100(%)で計算できます。

直感的にちょっとアレ?となりますが、感度が99%だと、陰性という結果の信頼性が高くなり、特異度99%だと、陽性という結果の信頼性が高くなります。それをちょっと見てみましょう。

感度とは

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上の表は感度99%の検査を示しています。

100人病気の人がいれば99人が陽性と判定され、病気があるけど陰性と判定されてしまう(これを偽陽性という)は1人の状況です。

病気なしの人がどれくらいいるかと、この検査の特異度が分からないと、陽性という結果の信頼性はよく分かりませんが、この検査で陽性と判定した人が実際に病気である確率は、
99/(99+B) ×100(%)となります。


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じゃあ感度99%の検査で陰性が出たらどうでしょう。実際に病気がない確率は
D/(1+D)  ×100(%)になります。
陽性と判定した人が実際に病気である確率99/(99+B) ×100(%)よりも、なんとなくこっちの方が確率高そうですよね。

ふつう病気を持っている人よりも病気じゃない人の方が圧倒的に多いです。
B+Dは10000人(病気がある人の100倍)としましょう。病気なしの人を見分ける力がない状況を考えると(あてずっぽうということになるので5分5分、つまり特異度が50%)B = D = 5000人となります。

すると実際に病気がない確率(陰性的中率)は 

5000/(1+5000) ×100 =99.98%になります。信頼性が高いですね。

逆にさっき求めた、陽性と判定した場合本当に病気がある確率(陽性的中率と言います)は

99/(99+5000) ×100 = 1.94%になります。

この条件下では、ほとんど陽性という結果は的中しません。

特異度とは

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特異度は病気がない人を陰性と判定する確率。上図は特異度99%です。病気がないのに陽性と判定される偽陽性は10000人中100人(1%)います。陰性という結果が返ってきた時、実際に病気がない確率は、
9900/(C+9900) ×100(%)となります。

病気がある人A+C=100人として、感度が50%の検査とすると、A=C=50ですから、実際に病気がない確率は
9900/(50+9900) ×100 = 99.49%となります。

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陽性という結果が返ってきた時はどうでしょう。実際に病気がある確率は  
A/(A +100) ×100(%)となります。
A = 50とするなら、
50/(50+100) ×100=33.33%になります。

特異度が高い検査は陽性の結果の信頼性が高いんじゃなかったの?と思うかもしれません。さきほど感度99%、特異度50%の検査では陽性的中率が1.94%だったわけで、それよりは各段に向上しています。ていうかそもそも病気の人100人に対して病気じゃない人が10000人いるわけですから、適当に選んできたって10000/10100 ×100=99.01%は病気じゃないわけです。

つまり検査の結果病気です、あるいは違いますと確信をもって言うためには、検査前の時点で、検査対象がどれくらい病気の人らしいか(検査前確率、事前確率)を考える必要があるわけです。感度、特異度、事前確率を想定しておけば、検査の結果をより適切に解釈することができるわけです(≒検査後or事後確率)。

感度・特異度と検査前確率(の想定)があれば、以下の方法を使って検査後確率を推定することができます。

ここまでが一般的な検査の話。

PCRの感度・特異度、そして事前確率

PCRとはウイルスのRNA(もしくはDNA)を増幅させて検出する方法です。感度・特異度が具体的にどのくらいかは、条件や、どの程度RNAの断片があれば陽性と判定するかの基準等で変わるので簡単に言えません。

この記述を参考にすると感度70%、特異度99%ということですが、もっと高いのではないか、という意見もあります。診断目的の検査・対象とするのか、公衆衛生的な検査とするのかでも話は変わってくるはずです。

今回は診断目的の検査として、感度80%、特異度99%を想定しましょう。これを見てお分かりの通り、PCRは基本的に「感染してるよ!」と言うのは得意な検査だけど「感染してないよ!」と言うのはちょっとだけ苦手な検査、ということになります。なお検査の材料(試料)、つまり鼻の奥をグリグリしたぬぐい液や唾液で検査するわけですが、グリグリが不十分だったり、乾燥しててうまく付かなかったり、量が少なければ、本来病気がある人の検査結果も陰性判定されやすくなってしまいます。検査のメカニズムだけでなく、こうした要素によっても"検査精度"は左右されます。また同じコロナでも感染早期は陽性と出づらかったりします。でもこの項では分かりやすくするために一律で感度80%、特異度99%と考えることにします。

無症状の人と、熱や咳が出てる人では、後者の方がコロナの確率が高いですよね。同じ無症状の人でも、家族内にコロナ感染が出た人と、山奥で孤独な修行僧のような生活をしている人ではコロナ無症状感染者である確率は違うし、日本で全体で1日100人の新規感染の時と、1日25000人を記録した時とを比較すれば、無症状の人を誰か適当に捕まえてきて検査したときにコロナ無症状感染者である可能性は変わってきますよね。この検査前確率をどれくらいと見積もるか?がめちゃくちゃ大事になってくるわけです。

ただし目の前の人の検査前確率を正確に算出することは誰にもできません。とはいえいくつかの状態を仮定してシミュレーションしてみましょう。

シミュレーション:診断目的編

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検査対象が、コロナ感染者かそうじゃないか5分5分の状態を想定します。ちょびっとコロナが流行している時期、明らかな濃厚接触はないけど、のどが痛くて発熱した人、みたいなイメージでしょうか。

感度80%、特異度99%のPCR検査の場合、

陽性的中率:4000/4050 × 100 = 98.77%

陰性的中率:4950/5950 × 100 = 83.19%

となります。5分5分の状態の場合、陽性であればその人が病気である信頼性は相当高い(とはいえ5000人中50人が"病気じゃないのに病気と判定されてしまう")上に、検査でも病気の人を見逃してしまう(偽陰性)は5000人中1000人生じることになります。ただし下の方で引用するJAMAの論文では、有症状に対する検査感度はもう少し高そう(88%くらい)ですので、陰性的中率ももう少し高いかもしれません。

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ではこんな場合を想定してみましょう。

発熱と咳があって、周りでコロナ感染者がいて、何となく匂いも分かりにくいという人を10000人集めて検査したとしましょう。検査しなくてもコロナ感染者である確率は90%だよね、という状況です(今書いた条件だとひょっとしたらもっと確率高いかも?)。

陽性的中率:7200/7210 × 100 = 99.86%

陰性的中率:990/2790 × 100 = 35.48%

になります。上記と同じく有症状に対する感度を88%程度と見積もっても、陰性的中率は50%未満になります。10人の中から適当に選んでも9割がコロナの集団なわけですから、検査結果が陰性だったとしてもまるで参考にならないわけです。インフルエンザ流行期に「普通に考えてインフルエンザだよね…」という人の検査結果が陰性であっても、インフルエンザとして治療することがあるのはそういう理由です。

つまり特異度が高い検査は、「病気の人らしさ」がある人に絞って行うことで確定診断の効果を発揮する検査なわけです。

でも"検査推進派"の言うように「PCRで陽性者をあぶりだして感染拡大を食い止めよう!」と思ったとします。そのまえに、「PCR陽性」が持つ意味を一旦考え直してみます

PCR陽性が持つ意味

さて、ここでもう1つ大事な話があります。コロナにかかった後は3-4週間程度(平均としては20日程度)PCRが陽性になるということです。治って感染伝播性がなくなってからも、ヒトの咽頭ぬぐい液からはウイルスのRNAの断片が検出されるわけですね。無症状だけどPCRが陽性になり得るパターン、というのはいくつかあるのでをまとめてみましょう。

①後日発症する人の、発症前(感染後2日間程度)
②発症している人(感染後2-10日の間)
③治癒した人の感染伝播性が無い期間(感染後10-20日の間)
④ずっと無症状感染で感染伝播性がある人
⑤無症状感染で感染伝播性が無くなった後
⑥検査プロセスで生じる偽陽性(コンタミネーションなど)

ここで、感染伝播性がある人は①②④の3パターンになります。特にコロナで厄介な性質が①です。

「検査と隔離で収束させる」戦略の場合、ここから考えるのは公衆衛生的なPCR検査ということになります。

厚労省がスクリーニング的な検査手法として提示しているのが、検体プール検査法で、1度に5人の検体をまとめて検査する手法。検査前確率が低い集団に対して行うことで、一度に検査する数を増やす手法です。カットオフ(陽性か陰性化を決める境界)をCt値35程度に設定することで、診断目的のPCRよりも特異度が上昇することになります(逆に感度は下がり、"見逃し"は増えることになります)。陽性となった場合に各個検査します。

逆に言えば検査対象の集団の中にある程度発症者・濃厚接触者(①など)がいれば、5個の検体を検査しなければならないグループが増えてしまい、却ってリソースを食います。「同じPCR」でも対象や目的で手法を変えないといけないわけです。

この検査では無症状の人に検査するわけですから(症状ある人はちゃんと医療機関受診してくれ〜)①④を検出したいわけですよね。ただし無症状でPCR陽性になりました、という人が①(③)④⑤⑥のいずれかは分からないわけです(③は適切に問診して嘘をつかれなければ除外はできる)。つまり、仮に検査手技上の問題(⑥)が無かったとしても(つまり"特異度"が100%に近かったとしても)、③や⑤の人はいわば"濡れ衣"状態で隔離されてしまうわけです。

では、そのような人がどれくらいあり得るか。

当初無症状が多いとされたCOVID-19ですが全くの無症状でい続けるのは20%前後ではないかという話があります(ただしこれは流行状況や感染者のプロフィール等で大きく変わるので何とも言えません)。

また、無症状で感染伝播性がある期間や、その後伝播性を失っても陽性が続く期間についてもまとまった見解はないはずです。断片的な情報で言えば、

3週間程度"無症状感染者"の唾液からウイルスが検出される報告があります。しかしこれがいつまで感染伝播性を有しているのか、検体プール検査法でCt値35をカットオフにして検査した場合に陽性になる期間はいつまでか、までは詳しく分かっていないはずです(もしわかれば教えてください)。

"無症状感染者"が感染伝播性を有しかつPCRが陽性になる期間が平均N日、感染伝播性を失ってかつPCRが陽性になる期間が平均M日として。

仮に毎日1000人が感染、800人が2日間の無症状期間を経て発症、発症した人は全て医療機関を受診してコロナとして対応、200人は無症状感染、という状況が続いたとすると、
①発症する人の無症状&伝播性を有する期間は2日なので、計1600人
②③はみな医療機関を受診したことにして検査対象外としましょう
④200×N人います
⑤200×M人います
⑥仮になしとしましょう
つまり、①-⑤を偽陽性なく完璧に検出できたとして、本来なら隔離しなくて良い人は⑤の200×M/(1600 + 200×N) ×100(%)にあたります。

検査前確率が低い集団に行っても”特異度”は検査実績からほぼ100%だ、というご意見もありましたが、その中に「検査陽性だったが実は伝播性がなく本来隔離しなくてよい人」がどれくらいいるかは以上のような議論で考えることになります。ただし検体プール法で④⑤がどれくらい検出されるか(感度が低くなっているのであまり検出されないのではないか?という意見もあります)はまとまったデータがないはずです。

この確率を考える意味は、「検査の結果で隔離する」という政策をとるときに、「あなたは検査で陽性になった。本当は人にうつさないから隔離の必要がない確率は〇〇%あるけど、政策なので隔離に応じてください」という場面をどう考えるか、という話で大事だからです。10%なら許容できるのか、海外帰りの検疫なら許容できるのか?その辺り、皆さんはどう思われるでしょうか。

シミュレーション:スクリーニング目的編

さて、以上の議論の上で、手技的なコンタミ(混じってほしくないもの、ここではウイルスのRNAなど)のリスクが限りなく0と想定した上に、「陽性」と判定されるのはすべて感染伝播性を有する人、とします。つまり特異度100%の理想状態です。現実的にそうはいかないでしょうから、少数(それがどれくらいの割合と見積もるかは難しいですが)は、本当は隔離しなくてよいはずなのに隔離の対象となり得る人が生じることになるでしょうけれど。自分がその人になったら嫌ですけどね。

さあ、今度は感染者を見つけ出すという目的をどれくらい達成できるか見てみましょう。

日本中でかなり流行している時期を想定してみます。日本の最高記録は1日当たりの感染者数が25000人でした。多めに考えて、1日25000人の人が発症し続けるとして、発症前期間が2日あるとすると、どの日も①の発症前期間の人が5万人いるということになります。それをPCRで検出しよう、と考えてみます。

国民1億2500万人として、50000人、国民の0.04%が発症前状態と考えると

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こうなります。仮に特異度100%という理想状態にしていますが、現実的には99960人検査して偽陽性0にはならないかもしれません。

1日25000人以上新規感染するほどの流行状況だと、10万人分検査して、32人の発症前の人を見つけ、8人は見逃す計算、100万人の検査なら320人を検出して80人を見逃す計算です。検体プール検査法だと、もう少し感度が下がるはずなので見逃しは増えると考えられます。

実は下記の論文のように、検査時に無症状である人は一貫して唾液PCR検査の感度が低い(6割未満、早期で6割)という話があります。これは診断目的の検査手法と考えられるので、公衆衛生目的の検体プール法だとさらに感度は下がるはずです。ただしこの論文の数値にはずっと無症状の人(④や⑤の人)も含まれているので話はややこしくなりますが、いずれにしても未発症期間の人を検体プール法で検出する感度は80%ほども高くはなさそうです。

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さて、1日あたり1250人の新規発症者(新規感染者は1500人くらい?)が生じている時期を想定すると、未発症期間の人が2日で2500人として10万人あたり2人。

100万人分の検査で16人を検出し4人を見逃す計算になります。あるいはもう少し見逃しの方が多いかもしれません。

検体プール法の費用ですが、たとえばこちらのサイトだと1検体あたり最安の条件で4400円のようです。1日100万人検査するとなると、1日あたり44億円かかる計算になりますね。どう安くあげようとしたって30億円はくだらないのではないでしょうか(詳しい人いたら教えてください)。それによって検出できるのは流行期で320人、そこそこの時期で16人。その4分の1あるいはそれ以上を"見逃す"計算で、現実的にはそこに本来隔離しなくてよいであろう人が数人は混ざってしまう、という感じでしょうか。

となると、「日本全体の流行を抑える目的で無作為に検査を行う」のは現実的ではなく、対象や状況を絞って考えるのが妥当ではないでしょうか。

まとめ

さて、ひとまずここまで検査の性質や背景知識について述べました。

・検査の感度、特異度、事前確率、事後確率について

・感度が低いとすり抜けが生じる

・事前確率の低い集団に検査をしても見つかるのはごくわずか

・特異度の高い検査でも事前確率の低い集団に大量に行うと偽陽性が生じ得るが、手技的な問題や「感染伝播性を有しない人」がどれくらいかの想定はとても難しい

・少なくとも目的に合わせて手段や対象を考えるべきで、「無作為にとりあえず検査」は妥当ではなさそう

というのがまとめになります。これだけで結構な長さになったので、一旦区切らせてもらいます。

最後に。私自身の知識の不足についていくつかのご指摘があり、記載を修正した部分があります。特異度をどう見積もるか、検体プール法でどのように「偽陽性」を考えるか、と言う部分を主に修正・追記しました。一方で「検査による収束」をするならば何をどう考えてどう実際的に運用するかを考えるべき、という主旨に変わりはありません。

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