アンネリースは何を象徴しているのか

プラムディア・アナンタ・トゥール『人間の大地』を読んだ。『すべての民族の子』など続編も入手したので読み進めるとして、どうしてもアンネリースのキャラクターを「???」と思ってしまう自分がいる。

続編を読む前の自分の感想を、備忘として残しておこうと思う。

目的の性質上一部ネタバレを含むこと、先に申し添える。

 違和感を覚えた点を羅列しておこうと思う。              ①何につけても「まぁママったら!」がセリフの殆どを占める序盤~中盤      ②ミンケと離れる度に発症する謎の病気                 ③最終盤で実家を捨てた意味

 それぞれ個別に理解するのは難しくない(と思う)。①は小学校を中退し親や従業員以外の人間との接点が少なく、反抗期など自立する機会を失ったから。②は終盤にかけて急に出番の増えた医者によれば、読み終わった今となっては非常に怪しい医者に思えてならないが、縋る対象の喪失によるもの。③はアンネリースの母のかつての経験と、自分の状況を重ねた、或いは重ねることで自分を保とうとした。(4日かけて読んだので、ややあいまいな記憶をもとに書いている。)

 だが、単に上記の理解ではあらすじとの関係が何もわからない。植民地支配の不条理、支配者vs被支配者(法vs慣習?)がメインテーマの一つと理解しているが、上の理解ではそのテーマと何ら結びついてこないのだ。

 特に③が理解できない。あれほどミンケ・母に依存していたアンネリースが、なぜオランダに連れていかれる決定が出たその前から、抵抗も見せず挙句の果てに「もう帰らない」と宣言したのか。そのギャップをどうしても埋めることができない。

物語が基本的にミンケを一人称としている以上、そこから推し量るしかないので、色々と思考実験をしてみた。考えつくのはミンケ=民族主義↔アンネリース=ヨーロッパ主義という対立構造。「アンネリースは自分自身を「プリブミ」と表現していた」と突っ込みが入りそうだが、彼女がなぜ自らを「プリブミ」表現していたかを思い返すと、「ママと同じプリブミ」が良いと言っていた(と記憶している)。「ニャイ」を何度も「支配者」のようだとミンケが表現していたことを考え、アンネリースの民族自認を信念と捉えるには弱いと感じてしまう。また、オランダ女王とアンネリースを重ねる描写が複数個所に出てきた。当初高等学校に通い「ヨーロッパ的」価値観を「ヨーロッパ人」と学んだミンケは、物語の過程で「ヨーロッパ」自体への不信感を非常に募らせていく。その結末がアンネリースとの別れであるなら、イコールインドネシアの「解放」を暗示しているように思えてならない。

 ここまで書いてきたが、あまりにも乱暴かつありきたりの解釈に思えてきた。物語を通したアンネリースの奇妙なほどの不安定さ(自認はプリブミ、実際は混血児、法的にはヨーロッパ人)が何を象徴しているのか、ロベルトの強姦未遂(と解釈した)との関係、アンネリース父の実子が何を表しているのかなど思考が段々分散してきてしまった。小説自体あまり読むことなく、まだ読み込みが足りない。4部作読み切った後にもう一度、二度振り返ってみようと思う。

「植民地支配の矛盾を表現」と感想を終わらせるにはなんだか満足できず、色々と書きつけてしまった。

 


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