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6期引退ブログ#05【まるお】

【6期引退ブログ#05】
今日の担当は…
“ツンデレストリートダンサー”
まるお(渉外局)です!

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高校からダンスを始めた。総勢約100人全国常連校のダンス部に入った。ダンスを始めて半年でダンスバトルに出た、初めて出たバトルで自分がダンスを始めるきっかけになった人から個人賞を貰えた。今でもその時の事を思い出す。バトルの内容は散々なものだった、フリースタイルで踊る事の難しさ、バトルの雰囲気の作り方、ダンス自体のスキル、このバトルを経てダンスが楽しいと思った。真面目にやろうと思った。そこから月に一回はバトルに出るようになった。高校から大学一年間の間で沢山バトルに出てBest4から優勝まで数多くのタイトルを勝ち取ってきた。高校三年生の時ダンス部の部長とダンスリーダーにも抜擢された。ショーケースでもチームで色々なイベントに出て、オーガナイザーから直接参加依頼が来たりゲストで呼ばれたりもした。そこから大学一年の後半にレベルの高い大会に出始めた。途端に勝てなくなった。Best32からの壁が高い。予選を上がってもそこから勝てなくなった。どんなに練習しても、どんなに練習しても、勝てなかった。バトルで負ける度に悔しい気持ちと、この数年間を否定されてるようで徐々にダンスの事が嫌いになっていった。自分より歴の短い人に負けたり、後輩に追い抜かされたり、年齢が一回りも下の子にも負けたりした。ダンスのモチベーションが下がって二年に上がる頃にはダンスから距離を置くようになった。自分がリーダーをやってるチームも解散にして、埃を被ったウィナーボードやトロフィーも、押入れの奥にしまった。

 そこからつまらない日々が始まった、朝起きて学校に行ってバイトに行って家に帰る、この繰り返し、何か足りない日々を繰り返していた。そこから月日が流れ、たまたま早稲田のパフォサーの子と話す機会があってダンスの話をした。半年ぶりにダンスに触れた。心の奥底でまたダンスをしたいという気持ちがある事に気づいた。今でもその時の会話を鮮明に覚えている。「早稲田のパフォーマンスサークル入ったら?秋に新歓やってるバンカライズムってとこ来週新歓あるよ。」これをきっかけにバンカライズムという団体を知った。その年の早稲祭でバンカライズムを見た、正直曲選には感動したが、ダンスには惹かれなかった。自分に絶対的な自信があった、この人達よりかは流石に自分の方が上手いと思った。が、それはただの負け惜しみでしか無かったと今ではそう感じる。その時バンカラを見ている時は終始鳥肌が立っていた事、こんな人数で踊りたいと思ってしまった事、ここに入りたいと思ってしまった事。その時心の奥底に芽生えていたダンスをまたしたいという感情が表に出てきた事を感じた。バンカライズムに入りたいそう思って新歓に行く事を決意した。自分が今バンカラにいるのはこんな些細なきっかけだった。他の人に比べたら薄い内容かも知れないけど、このきっかけが自分の人生を大きく変える事になるなんて思ってもいなかった。そして新歓へと赴いた。

 新歓とやらに行くのが初めてだったからなのかダンスをするのが久しぶりだからなのか、もの凄く緊張した、何をすればいいのかも分からないし、一緒に行く友達もいなかったので最初は戸惑った。なのにも関わらず、少しだけ胸が高鳴っているのが分かった。ダンスが久しぶりだからなのか、新しい環境に足を踏み入れるからなのか、その感情は今でもよく分からない。新歓の内容はあまり記憶に残っていない、きっと緊張していたのだと思う。新歓でバンカラビートの振り入れをやった。先輩たちもその時の新歓生もみんな自分より上手ではなかった、そこでまた1からダンスを始める事を決意した。選考がある事もそこで知った。でも絶対に受かる自信があった。自分が今までダンスをしていたのはこの為だったんだって。当選発表の日、案の定自分はバンカライズムに入会する事が出来た。これから頑張ろうと、そう誓った。

 バンカライズムに入会してから直ぐに心が折れた。自分のコミュニケーション能力が低すぎるが故、なかなか同期や先輩と仲良くなれなかった、ダンスに関しても今までやっていた物とのギャップがありすぎて、周りに合わせるので精一杯だった。不満は沢山あった、その不満を言える相手も当時は居なかった。バンカライズムに自分の居場所が無かった。入会してから数ヶ月経って徐々に練習を休むようになった、ずっと孤独と闘いながら適当に練習を消化していった。入会してから9ヶ月程冗長にバンカライズムに居た、正直何度も辞めようと考えた。そこで早稲祭期間が始まった、持ち前のダンスのスキルで沢山のフリを作り練習に必要不可欠な人間になっていった。自分がフリを作る為、練習に居ないと進行する事が困難になる、そこからの自分の中で何かが少しずつではあったが変わっていった。その早稲祭期間で先輩二人と特に仲良くなった。他にも沢山の人と仲良くなれた。そのお陰で色々な事が自分の中で解消され、自分に新しい居場所が出来た。そこから自分のバンカライズムとしての生き方が変わっていった。苦痛だったものが最高に変わっていった、バンカラでのダンスが楽しくなっていった、もっと先輩達と一緒にいたかった。そう思ったが束の間その数ヶ月後に先輩達は引退して行き悲痛が胸を貫いた。これからは自分達の代で自分と同じような気持ちでバンカラに入りたいと考えている子達が入ってくる。そう信じて考える内に意識が僅かに変わっていった。漸くバンカライズムの一員になれたような気がした。

 7期が入会した、大きく心を揺るがされた。みんな上手かった。嬉しい反面焦りがあった、このままでは同期が後輩に追い抜かれる。そんな姿は見たくない、それがどれだけ苦しいのか悲しいのか自分が一番分かっていると思ったから初めてバンカライズムで厳しい言葉を同期に掛けた、「練習しろ」と一番簡単で一番難しい事、一番大事で、一番必要なもの。バンカライズムは「人の野心に火をつける」を活動理念にやっているサークル。ダンスで人の心を動かすのは、生半可な練習や努力で出来るものじゃない、その頃の自分はもうそこまでバンカラの事を考えていたのだと思う。数日前にも7期に対して同じような事を口にした、7代目になって初めて反発された、とても嬉しかった。7期が少しでもバンカライズムの事を考えていてくれていると思い、今後のバンカライズムは7期に任せられるな、そう思った。

 そこから月日が流れ、今早稲祭前にこのブログの執筆をしております。丸尾です。ここからはバンカライズムの人達にこの場を借りて自分の感情というかそんな事を自分の言葉で書いてこうと思います。

 まず、ここまで一緒にやってきてくれた6期、嫌々ながら俺と一緒にやってきてくれた7期には感謝してる。本当に感謝してる。性格的にこういう事直接言ったり出来る性格じゃないから、と言っても引退前にこれ読まれるから小っ恥ずかしいけど、この際全部素直に話そうと思う。

まず6期、こんな俺のわがままにいつも着いてきてくれてありがとう。毎回毎回のショーケースで、こうした方がいいとかああした方がいいとか文句ばっかり上から目線で言って正直うんざりしてたんじゃないかな?でもどれもこれもバンカライズムの事を考えてました!ただただダンスを少しみんなより長くやってただけってだけなのに、調子に乗っていました。ごめんなさい。昔からバンカラのことが嫌いとか好きじゃないとか言ってきたけど、本当は大好きです。そんな事とっくにバレてるのも知ってるけど、素直になるのが恥ずかしくて言ったことがなかったです。本当に6期のおかげです。自分が6期で本当に良かった。本当にありがとう。

 そして7期、今後のバンカライズムを作るのは君たちです。多少厳しい言葉を掛けたと思う、6期がいなくなって自分達の代になって、「あの時あいつあんなこと言ってたな」くらいに思い出してくれればそれでいい。君たちには期待してる。頑張れ。

中盤から疲れちゃって適当になっちゃった。
でも大体言いたい事のほとんどが書けたと…
2年間とても疲れたでも最高だった。

【フリップ企画】バンカライズムの好きなところは?

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